Repeat

 

 登場人物

 

渡水 祐真(ワタミ ユウマ):この部屋の家主の男。越してきたばかりの大学1年生。

渡水 恵雫(ワタミ アヤナ):祐真の姉。2つ年上。社会人。面倒見は良いと思われる。

星月 希望(ホシズキ ノゾミ):大家の娘。まだ大学生だが、大家の仕事をほぼ任されている。

天羽 悠(アマハ ハルカ):近くに住むという女。神出鬼没で或る意味やたら元気。

小苗(カギ サナエ):呼称、キィ。よく悠と一緒に居る少女。黒い服を着ている。

景翼(カガミ キョウスケ):祐真の保育園の頃からの幼馴染の男。腐れ縁。仲は良い。

 

1

 アパートの一室。

 上手がキッチン・バス・トイレ・玄関、下手がベランダになっている。

 部屋は割と広く、家具が整理されて置かれている。

 大きな備え付けの押入れが一際目に付く。

 部屋の中央にテーブルが在る。

 そこで男2人と女1人が、トランプで大富豪をしている。

 

祐真     貝。

希望     い、い、・・・岩。

景翼     わ、わ、わ、・・・ワープ。

祐真     プラスチック。

希望     く・・・。桑。

景翼     わ? わ、わ、わ、わ、・・・ワーム。

祐真     虫。

希望     し、か・・・。し、し、皺。

景翼     わ、わ、わ、・・・また『わ』? え〜と・・・。賄賂。

祐真     ロンドン橋。

希望     早っ!? しー・・・。神話。

景翼     わ、わ、って、またかよ!? 好い加減にしろよな!

希望     え? だって、『しりとり』ってこういうゲームでしょ?

景翼     いやいやいや、だからって、12回連続で『わ』はないだろ!

希望     数えてたんだ。暇だね〜。

景翼     いや、暇じゃないから! 『わ』から始まる言葉を考えつつ、出すカードも考えなきゃならないんだぞ。

希望     じゃぁ、何で回数が分かるの?

景翼     無意識の内に数えてたんだよ。

希望     やっぱり暇なんじゃん。

景翼   暇じゃないって! てか、そもそも何でしりとりしながら大富豪してるんだよ。

祐真     逆だよ。

景翼     ん?

祐真     大富豪しながらしりとりしてるんだよ。

景翼     いや、大して変わりないだろ、それ。

祐真     そんなことないよ。先に始めたのは大富豪だよ。しりとりは後から始まったんだ。

景翼     ・・・そうだったかな。でも、そこは余り重要なことじゃないよな?

祐真     物事の順序は結構大切だと思うけど。

景翼     それとこれとは違う。

希望     じゃぁ、何でしりとりが始まったんだっけ?

景翼     そう、オレが訊きたいのはそれ。

祐真     俺が『しりとり』って言ったら勝手に始まったんだよ。

景翼     そうだったか?

祐真     そうそう。俺が『しりとり』って言ったら、大家さんが『リス』って言って。そこから始まったんだ。

希望     そうだったっけ?

祐真     うん、そうだよ。

景翼     じゃぁ、始めたのは祐真か。

祐真     違うよ。俺はただ『しりとり』って言っただけ。そしたら2人が勝手に始めたから、俺はそれに乗ったんだ。

希望     なるほど。

景翼     いや、そこは納得したらダメだろ。

希望     え? 何で?

景翼     「何で?」って、『しりとり』って言う必要性が全くないし、その発言理由が明らかになってないだろ。

希望     あぁ、確かにそうね。

景翼     そこんとこどうなんだよ?

祐真     そんな空気だったから。

景翼     ん? 待て待て。それはどんな空気だよ?

祐真     余りにも大富豪の実況的な言葉が多くて、他の話題がなかったから言ってみたんだ。そうさせる空気だったよ。

景翼     ・・・それを感じたのは恐らくお前だけだと思うぞ。

希望     上に同じ。

祐真     あれ? そうなの?

景翼     そうだよ。お前がおかしいんだ。

祐真     うーん・・・、そうかぁ・・・。じゃぁ、他の話題にするか。はい、何か話題を。

景翼     人任せかよ!?

希望     話題かぁ・・・、そうだなぁ。・・・。こっちの生活にはもう慣れた?

祐真     ・・・まだこっちに来て2日なんだけど・・・・・・。

希望     うん、知ってる。

祐真     だよねー。昨日引越しの挨拶したもんねー。

希望     ねー☆

景翼     なんなんだ、お前ら・・・。

祐真     仲が良い証拠だよ。

景翼     仲が良いって・・・、昨日初めて会ったばかりだろ。

希望     それが今では一緒に大富豪をする関係に。

景翼     何とも言えない微妙な関係だな。

希望     じゃぁ、鏡君はどうなの?

景翼     君付けするな。気持ち悪いから。

祐真     それは悪かったね、鏡君。

景翼     殴るぞ。

希望     鏡で良いの?

景翼     あぁ、それで頼む。

希望     了解。で、鏡はどうなの?

景翼     どうって?

希望     こっちの生活には慣れた?

景翼     さぁ、どうだろうな。オレもこっちに来てまだ2週間経ってないからな。微妙だな。大学が始まるまで分かんねーよ。

希望     なるほど。困ったことがあったら遠慮なく言ってね。いつでも相談に乗るよ。

景翼     オレはこのアパートの住人じゃないんだがな。

希望     気にしない、気にしない。先輩として面倒見るよ。あたしも○○大学だからね。

祐真     え? そうなの?

景翼     てか、『あたしも』ってことは、オレらが○○大学に行くって知ってるってことだよな?

希望     うん。アヤちゃん・・・恵雫ちゃんから聴いたの。

祐真     あぁ、姉さんか。確かに言いそうだもんなぁ。

 

 インターホンが鳴る。

 

景翼     噂をすれば、ってやつじゃねぇ?

祐真     だろうね。そろそろ帰ってきて良い時間だし。

希望     はいはーい、今出まーす。

 

 希望、上手に捌ける。

 

景翼     おい。

祐真     何?

景翼     今のはお前が行くべきだろ。

祐真     良いんじゃない? 勝手に行ったわけだし。

景翼     お前、この部屋の家主だろ。

祐真     彼女は大家さんだ。大家さんの方が上なんじゃないかな。

景翼     いや、何か違うと思うぞ・・・。

 

 恵雫、上手から出てくる。

 希望、その後から出てくる。

 恵雫、手にジュース(缶)の入った袋を持っている。

 

恵雫     ただいま〜。

祐真     おかえりー。

景翼     おかえりなさい。

恵雫     はい、これ飲み物。

 

 恵雫、袋をテーブルの上に置く。

 

景翼     お、マジスか!? ありがとーございまーす!

祐真     サンキュー、姉さん。

恵雫     どういたしまして。好きなのを取りなさい。ノンちゃんもどーぞ。

希望     あ、はい、ありがとうございまーす。

 

 3人、飲み物を選ぶ。

 

祐真     姉さんは?

恵雫     残ったので良いわ。好きなのをお取りなさいな。どうせ余るだろうし。

祐真     はいよ。

 

 恵雫、3人が選び終わると、残った飲み物の中から1つ選ぶ。

 各々「頂きます」などを言って、飲み始める。

 

恵雫     片付け、終わったみたいね。

祐真     うん。

恵雫     それで大富豪をしていた、と。

祐真     ん? そうだよ。後で姉さんも入る?

恵雫     んー、今回は遠慮しておくわ。またの機会にね。

祐真     了解。

恵雫     それにしても、しっかり片付いたわね。偉いぞ。

祐真     まぁ、昨日の内に粗方終わったし、今日も2人が手伝ってくれたからね。結構楽に終わったよ。

恵雫     それは良かった。景翼君もノンちゃんもありがとね。

景翼     いえいえ、良いっすよ、これくらい。

希望     そうそう、お礼を受けるほどのことなんてしてないよ。友達として当然のことをしたまで。

景翼     むしろそれはオレの台詞のような・・・。

希望     気にしない気にしない。それに、アヤちゃんとは元々友達だし。

景翼     それは知ってるよ。でもこの場合の対象は祐真じゃないのか?

希望     そんなのどうでも良いでしょう。鏡は細かいこと気にし過ぎだよ。

祐真     だ、そうだ、景翼君。

景翼     うるさい。お前は君付けするな。

祐真     どうやら君付けは姉さんの特権のようです。

希望     え? ということは、もしかして鏡、アヤちゃんのことs―――

景翼     違うわ!!

恵雫     そんな・・・。景翼君からの大胆告白。私どうしたら・・・。

景翼     恵雫さんまで乗らないで下さい!

祐真     姉さんには敬語。

景翼     そりゃ、年上だからだよ!

希望     そんなこと言って、あたしも年上なのにタメ口でしょう。

景翼     それは昨日お前がそうしてくれって言ったんだろーが!! あー、もう、仕舞いにゃキレるぞ!!

祐真     もうキレてるけどね。

景翼     誰の所為だと思ってんだよ!!

恵雫     もしかして、私の所為?

景翼     あー、違います・・・、いや、違いませんけど! 3人の所為だよ!!

祐真     ほら、またそうやって人の所為に。

景翼     そもそものことの発端はお前の発言だろーが!! 小さいことに突っ込みやがって。

祐真     小さくないよ、景翼に比べたら。

景翼     ・・・・・・。恵雫さん、あなたの弟の躾はどうなってるんすか?

恵雫     躾って言っても・・・、うちは基本的に天然素材なの。

景翼     あー、・・・そうすか。まぁ、薄々気付いてたけどな。

祐真     気付かれていたのか。

景翼     当たり前だろ。かれこれ15年の付き合いだぞ。

希望     長いねー。その割に『薄々』っていうのは今更な感が有るけど。

景翼     良いんだよ、そんなの! はっきり分かってなくたって生きていけるだろ。

希望     幼馴染のことはもっと分かってあげるべきだと思うけど?

祐真     大丈夫だよ。

希望     ん?

祐真     俺たち、心で繋がってるから。

希望     あー、なるほどぉ!

景翼     だから納得するなよ! 今の凄く気持ち悪い台詞だろうが!

希望     え? そうかな? 格好良いと思うけど。

景翼     どこがよ!?

希望     全体的に。

景翼     はぁ?

恵雫     じゃぁ、景翼君が言ってみたらどうかしら?

景翼     え゛? オレが言うんすか?

恵雫     そうそう。格好良くお願いね。

景翼     え? ちょ、マジすか?

恵雫     マジっす。

希望     期待してるぞー。

祐真     がんばれー。

景翼     ・・・他人事だと思って・・・・・・。

恵雫     景翼君の漢を見せてね。漢字の漢と書いてオトコ!

景翼     ・・・あぁ、分かったさ! やってやるとも!!

 

 3人、歓声と拍手を送る。

 

景翼     オレたち、心で繋がってるから。

 

 間

 

祐真     なしかな。

恵雫     んー、30点。

希望     さて、そろそろ仕事に戻ろうかな。

景翼     え、ちょ、酷くね?

祐真     あれ、大家さん仕事あったの?

希望     大したことでもないけどね。そんなに時間掛からないし。だからここに来てたわけだし。

景翼     おい、ちょっと待て。何かフォローしろよ。

恵雫     何ならノンちゃん、手伝うわよ?

希望     大丈夫大丈夫。簡単なものだからすぐに終わるよ。ありがと。

景翼     こら、無視すんなー。

祐真     じゃぁ、大家さんは帰るんだ?

希望     うん。余り長居するのもどうかと思うしね。

祐真     別にこっちはいつまで居てもらっても良いけど。

恵雫     まぁ、でも仕事が在るものね。

景翼     おーい、聴けってお前ら。

希望     うん。あれはさっさと終わらせたいから。

祐真     なるほど。

 

 景翼、いじけ出す。

 

希望     あ、そうそう。さっきから気になってたけど、『大家さん』じゃなくて名前で呼んでほしいな。あたしは確かに大家の業務をしてはいるけど、本当の大家じゃなくて、大家の娘だからね。厳密には大家じゃないから。

祐真     そうか。それもそうだな。気付かなくてごめん。

希望     いやいや、別に謝らなくても良いよ。

祐真     んー・・・、星月 希望さんだったよね。

希望     お、凄い。昨日1回しか言ってないのによく覚えてたね。

恵雫     祐真は人の名前と顔を覚えるのが早いのよ。

希望     へぇ、良い特技持ってるね。社会に出てから役立つよ、それ。

祐真     どーも。で、どう呼んだら良いかな。

希望     『希望』でも、アヤちゃんと同じように『ノンちゃん』でも良いよ。

祐真     『星月さん』は?

希望     ん、別に良いけど。何で苗字?

祐真     珍しい苗字だなぁ、と思ったから。しかも、星と月って綺麗だと思うし。

希望     それを言ったら『渡水』も珍しいと思うけど。

祐真     え、そうなんだ?

恵雫     そうね。確かに殆ど聴かない苗字ではあるわね。

祐真     へ〜。

希望     自分の苗字には無頓着か。

祐真     自分で慣れている分、余り気にしないからね。

景翼     あのー、盛り上がってるところ悪いんですけど。

祐真     ん? あぁ、そう言えば居たんだっけ?

景翼     おい! 居たんだっけ、じゃねーよ!! 散々人のこと無視しやがって。

希望     ゴメンゴメン。鏡って良い感じに空気だからさ。

景翼     はぁ? 何だって?

希望     いやいや、悪い意味じゃないって。良い意味良い意味。

景翼     悪い意味にしか取りようがねぇだろーが!

祐真     よく考えるんだよ、景翼。空気がなくては生物は生きていけないんだよ。空気は生物が生きていく上で欠かせない、大切なものなんだ。

景翼     その空気とさっきの空気は違うだろうが。お前の言う空気は物質的な空気であって、さっき、えーっと・・・、星月さんが言ったのは雰囲気的なものだろ。

祐真     ・・・あぁあ。せっかく俺がフォローしたのに、それを台無しにするんだから。

景翼     そんなフォローするならさっきの言葉自体を否定してくれ。

祐真     空気がなくても生物は生きていけると言って欲しかったの? それは現実に反してるよ。

景翼     そこじゃねーよ。あぁ、もうどうでも良いよ。

希望     自暴自棄になった。

景翼     間違いなくお前らの所為だがな。そもそも、お前帰るんじゃなかったのか?

希望     ん? あたし?

景翼     そうだよ。仕事が有るとか言ってただろ。

希望     あぁ、そうだね。忘れそうになってたよ。教えてくれてありがと。

景翼     忘れるなよな・・・。

希望     んじゃ、そろそろお暇するよ。

祐真     はいよ。

景翼     オレもそろそろ帰ろうかね。

祐真     景翼も? 何かあるの?

景翼     買い物行って夕飯の準備だよ。

希望     自炊してるんだ!?

景翼     何で、そんなに意外そうな言い方なんだよ。

希望     だって、意外なんだもん。

祐真     景翼は料理は上手いよ。

景翼     料理は、って何だよ。『は』って。

希望     へぇ〜、誰にでもとりえは有るものだね。

景翼     オレってかなり馬鹿にされてるよな。

希望     そんなことないって。素直な感想。

景翼     いや、それが・・・。まぁ、良いか。何なら今度飯作ってやるよ。

祐真     景翼が星月さんを口説き始めた。

景翼     は?

祐真     姉さんの次は星月さんか。この節操なしめ。

景翼     違ぇーよ! 普通に飯を作ろうか、って言っただけだろ。

希望     まさか、それに薬とかを入れて・・・。

景翼     しねーよ!! 一体何処からそんな発想が出てくるんだよ。お前の頭はパラレルワールドだな。

希望     何か、凄い言葉が出てきた・・・。

恵雫     まぁ、冗談はともかく、いつか作ってもらっても良いんじゃない? 景翼君の作るご飯は本当に美味しいから。

希望     んー、アヤちゃんが言うならそうなんだろうな・・・。じゃぁ、その内ご馳走になろうかな。

景翼     おう。呼ばれた時は暇さえ在れば作ってやるよ。

希望     その時はよろしく。

景翼     任せろっての。

祐真     ここに2人の愛が芽生えたのであった。

景翼     変な文章入れるな!

祐真     雰囲気が出るかと思って。

景翼     そんな雰囲気要らねーよ!

祐真     そうか、景翼はムードよりも自分の欲優先か。

景翼     何でそうなるんだよ!! もう良い! 帰るぞ! じゃーな!

 

 景翼、上手に捌けて行く。

 祐真、恵雫、手を振って見送る。

 

希望     怒っちゃったけど。

祐真     大丈夫大丈夫。いつもこんな感じだから。俺なりの愛情だよ。

希望     捻くれた愛情・・・。

祐真   あれも本気で怒ったわけじゃないよ。お互い冗談っていうのが分かってるから。景翼も真に受けてるわけじゃなくて、乗ってくれてるんだよ。あいつは客観的に自分を見られるやつだから。

希望     へ〜。よく分かってるね。さすが15年の付き合い。

祐真     余り時の長さは関係ないかな。問題は付き合いの濃さだよ。

希望     んー・・・。分かるような、分からないような・・・。

祐真     くす。まぁ、深く考えることでもないよ。

希望     ・・・うん。

祐真     仕事。在るんだよね?

希望     あー、そうそう。そうだった。

恵雫     部屋に行くの?

希望     うん、そう。

祐真     部屋?

恵雫     ノンちゃんもこのアパートで暮らしてるのよ。1階の端の部屋。101号室。

希望     あ、そういえば言ってなかったね。

祐真     へー。じゃぁ、ここの住人でもあるのか。

希望     まぁ、そういうことにもなるかな。もし何かあったらいつでも来てね。忙しくさえなければ対応できるから。

祐真     了解。

希望     あたしの方から遊びに来ることも多くなりそうだけどね。

祐真     どうして?

希望     このアパートって学生が少ないんだよね。1人で住むなら、本来こんなに広くなくても良いから。広い分高くもなるし。

祐真     なるほど。・・・あれ? そんなに高かったっけ?

恵雫     そう言えば、安くなってた気がするけど。

希望     あぁ・・・、うん。・・・特別にね。

恵雫     良いの? そんなことして。

希望     大丈夫だよ。父公認。

恵雫     そう、なら大丈夫ね。

希望     それじゃ、あたしは部屋に戻るから。

恵雫     あ、下まで一緒に行かない?

祐真     ん? 姉さんも帰るの?

恵雫     んーん。ただ送っていくだけよ。

祐真     あぁ、了解。

希望     んじゃ、お邪魔しましたぁ。

 

 希望、恵雫、上手へ捌けて行こうとする。

 希望、途中で止まって振り返る。

 

希望     あぁ、そうそう。1人だからって泣いたりしないように。

祐真     それ誰に言ってんの?

希望     渡水君しかいないでしょう?

祐真     泣かないよ。

希望     よし。それから、知らない人が来たらあたしに連絡すること。

祐真     いや。

希望     よし。・・・・・・んん?

祐真     冗談だよ。必要に応じてちゃんとするから。

希望     ・・・うん。何か府に落ちないところがあるけど、取り敢えずよし。

恵雫     祐真なら大丈夫よ。

希望     アヤちゃんがいうなら大丈夫かな。そう信じよう。それじゃぁ、またね。

祐真     はいよ、じゃーね。

 

 希望、恵雫と共に上手へ捌ける。

 祐真、テーブルの上のトランプを片付け始める。

 人の手札を見ながら色々コメント。

 

 祐真、物の整理を始める。

 微妙な置き位置などを調整している。

 

 恵雫、上手から入ってくる。

 

恵雫     ただいま〜。

祐真     おかえり。

恵雫     ジュース冷蔵庫に入れておくよ。

祐真     あぁ、ありがと。

 

 恵雫、ジュースを持って上手に捌ける。

 間もなく戻ってくる。

 

祐真     姉さんと星月さんって仲良いよね。

恵雫     もう、5年の付き合いになるからね。私がここに住んでた時は色々お世話になってたし。

祐真     お世話になってたって表現に何か違和感を感じるね。

恵雫     そう?

祐真     だって、星月さんの方が年下だから。

恵雫     年下って言っても、たった1つしか違わないし。ホントに友達って感じよ。よく遊んでたしね、一緒に。でも、アパート関係のことではホント色々お世話になってたわね。彼女、凄くしっかりしてるし。

祐真     あれ? 姉さんがここに住んでた時って、高校生だったよね?

恵雫     そうよ。

祐真     その頃から星月さんは大家の業務をしてたの?

恵雫     えぇ。聴いたところによれば、中学生になった頃からしているそうよ。

祐真     それは凄いね。

恵雫     大学はここを離れてちょっと遠くに行くことになったから2年間彼女と会ってなかったな。昨日久々に会えたけど、元気そうで良かったわ。

祐真     姉さんはまたこっちに戻ってきたし、俺もここに住んでるから、また結構会い易くなったよね。

恵雫     そうね。ただ私は仕事があるけどね。会えるのは休日くらいかな。

祐真     とか言って、仕事終わりにこっちに来そうだよね、姉さん。そして星月さん部屋に呼んでお喋りとか、普通にしそうだよ。

恵雫     大いにあり得るわね。姉さんのことよく分かってるなー、こいつぅ。

 

 恵雫、祐真の頬を突く。

 

祐真     んー。それ、余り外ではやらない方が良いよ。

恵雫     大丈夫、ちゃんとそこら辺は弁えてるから。公私はしっかりしてるのよ。

祐真     まぁ、姉さんだから大丈夫だとは思うけど。

恵雫     お、それって結構私が良く見られてるってこと? 嬉しいこと言ってくれるなぁ。

 

 恵雫、また祐真の頬を突く。

 

祐真     ・・・これ。

恵雫     ん?

祐真     傍から見たら「この姉弟大丈夫なのだろうか?」って感じだよね。

恵雫     そうかしら?

祐真     むしろ、「この姉大丈夫なのだろうか?」って感じだよね。

恵雫     ・・・まぁ、誰に見せてるってわけでもないんだから。

祐真     うん。気のせいか結構視線を感じるけどね。

恵雫     そう? 気のせい気のせい。

祐真     ただ、取り敢えず一旦離れてくれないかな。

恵雫     え? あぁ、ごめんごめん。

 

 恵雫、祐真から少し離れる。

 部屋の様子を見る。

 

恵雫     それにしても、懐かしいな〜。

祐真     何が?

恵雫     この部屋が。偶然にも全く同じ部屋なのよね。私が住んでた時と。

祐真     あー・・・、そう言えばそうだったね。姉さんと同じアパートに住むことに決めて、部屋を探したらここしか空いてなかったんだけどね。

恵雫     運命よね。

祐真     ・・・女性とは言え、身内からそう言われても余り感動的なものを感じないんだけど。

恵雫     日頃の仲の良さがこういうところにも出ているってことよ。

祐真     どうも納得できないところがあるけど、まぁ、良いや。

恵雫     そうそう、細かいことは気にしない。

祐真     でも、こっちに戻ってきたなら姉さんもまたここで暮らせば良いのに。

恵雫     他に空き部屋がなかったもの。

祐真     いや、ここで。一緒の部屋に住んでた方が家賃や光熱費浮くし。

恵雫     うーん・・・。それはちょっと遠慮しておくわ。

祐真     何で?

恵雫     ・・・んー・・・・・・。何て言うの? 私はここに居ない方が良いというか。居たくないというか・・・。

祐真     どうして?

恵雫     えーと・・・。ホラ! 恋したいじゃない!! お互いに。

祐真     ・・・どんな危険な展開を望んでるんだよ。

恵雫     違う違う。お互いにっていうのはそういう意味じゃなくて。ホラ、恋人とか作って、家にも呼んだりしたいでしょう? そんな時私とかが居たら嫌じゃない。

祐真     んー・・・、まぁ、否定はしない。

恵雫     でしょう?

祐真     でも、その口振りからすると、姉さんは彼氏いないんだ。

恵雫     !! むぅ・・・。いる・・・もん・・・。

祐真     その『いる』っていうのは、存在するってこと? 欲しいってこと?

恵雫     ううううぅぅぅぅぅぅぅ・・・。やめやめ! この話はなし!

祐真     あ、逃げた。

恵雫     女性の恋愛事情に首は突っ込まない! OK

祐真     やっぱりいないんだ。

恵雫     だから!

祐真     何なら紹介しようか?

恵雫     え? ホント!?

祐真     ・・・この姉、ダメだ・・・・・・。

恵雫     ん? 何か言った?

祐真     何にも。

恵雫     そう。で、どんな人どんな人?

祐真     餌を強請る犬みたいになってるよ。一応言っておくけど、姉さん、外では絶対しないでね。

恵雫     わ、分かってるわよ。分かってるから、ホラ、早く教えて。

祐真     はぁ・・・。姉さんも知っている人だよ。

恵雫     え? 誰々仝??

祐真     景翼。

恵雫     ・・・景翼君?

祐真     そう。

恵雫     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

祐真     マズイよ。本気で悩んでるよ、この人・・・。

恵雫     ・・・・・・・・・アリかも。

祐真     ・・・え?

恵雫     景翼君。うん、アリかも。・・・むしろ良い!

祐真     ・・・・・・・・・。

恵雫     よし、こうなったら早速アプローチを掛けるぞ! 膳は急げ、よね!

祐真     ・・・・・・・・・。

恵雫     さぁて、何から始めようかなぁ♪ え〜と・・・。

祐真     ・・・。

恵雫     ん? どうしたの?

祐真     いや、うん、何でもないよ。取り敢えず、悪かった・・・。

恵雫     え? 何で謝るの? もしかして、ホントは景翼君には彼女がいる、とか?

祐真     いや、そんな話は聴いたことないけど。うん、何か、そんな気分だった。

恵雫     そう。あ、そうだ! 良ければユウも協力してくれない?

祐真     はい? え? いや、うん? 本気?

恵雫     あー、でもやっぱり自分の力で何とかするべきよね。そうよね。確かにユウの力を借りれば楽かも知れないけど。それでは意味がないもの。

祐真     ・・・ダメだ、この姉。早く何とかしないと・・・。取り敢えず、景翼、ゴメン。

恵雫     何ぶつぶつ言ってるの? さっきからちょっと変よ?

祐真     ・・・姉さんよりは変じゃないから。あー、いや、何でもないよ。

恵雫     そう。なら良いわ。

祐真     うん。取り敢えず1つだけ言わせてほしいんだけど。

恵雫     何?

祐真     余り調子に乗らないでよ。

恵雫     分かってる分かってる。さっきも言ったでしょう。ちゃんと公私は見極めてるから。問題なし。

祐真     そうだね。今の姉さんが言うと凄く説得力が薄いけど、その言葉を信じるよ。

恵雫     それってどういう意味よ。

祐真     いや、その言葉そのものだけど。今の姉さんはそれくらい危ないところにいるということだよ。

恵雫     うーん・・・そうなの?

祐真     そうなの。

恵雫     なるほど。気を付けておくわ。

祐真     是非ともそうしてください。

恵雫     さて、そろそろ私も帰るわ。

祐真     え? もう帰るの? 明日仕事ないのに。

恵雫     友達と久し振りに会う約束しててね。だから、その準備とか。もしかして、お姉さんが居なくて寂しいのかぁ?

祐真     いや、別に。

恵雫     両断してくれたわね。逆に私が寂しくなるわよ・・・。

祐真     ただ単に純粋な疑問をぶつけただけだから。そんなに気にしなくて良いよ。

恵雫     うん、そうする・・・。・・・じゃぁ、また近い内に来るから。多分明日とか。

祐真     近い内というか、翌日だよね。

恵雫     そうだけど。何か問題でも?

祐真     特にないけど。

恵雫     そう、なら良し。それじゃぁ、また明日。

祐真     はいよ、またぁ。明日楽しんできてね。

恵雫     うん、ありがと。

 

 恵雫、上手に掃ける。

 

祐真     ・・・。大丈夫なのかな、姉さん。色んな意味で・・・。全く、何考えてるのかな、あの姉さんは。

祐真     景翼に伝えておいた方が良いかな・・・。・・・いや、面白いからやめておこう。

祐真     そう言えば、昨日は姉さん泊まったから、こっちに来てから1人で夜を過ごすのはこれが初めてか。まぁ、特にやることもないしな。んー、晩飯は・・・景翼にでも奢ってもらうか。あいつのアパートって近かったよな。ここから見えるのかな?

 

 祐真、下手へ捌ける。

 

 悠、押入れから徐に出てくる。

 部屋の様子を見回して、色んなものに触ってみる。

 

 祐真、下手から戻ってくる。

 

 2人、硬直。

 

祐真     ・・・・・・・・・・・・。

         ・・・・・・・・・・・・。

祐真     ・・・・・・・・・・・・。

         ・・・どちら様でしょう?

祐真     いや、それはこっちの台詞だから。何やってるんだよ。というか、その前に君は一体何処から入ってきたんだよ。

         押入れに居たんです。

祐真     いつから?

         忘れました。

祐真     少なくとも、今日片付けてた時には居なかったよね?

         どうなんでしょう? いつの間にか寝てましたから。さっき起きました。

祐真     さいで・・・。で、何で押入れに居たのかな?

         ・・・何故でしょう? 気付けばそこに。

祐真     はぁ。えっと、何? 記憶喪失とか、そういう類?

         いえ、記憶はしっかりしています。

祐真     うん、そうか。その割には凄く曖昧な答えばかりが返ってきてるよね。

         乙女の事情ってやつです。仕方ないのです。

祐真     う〜ん、凄く電波臭がするのだが・・・。

         電波、ですか?

祐真     簡単に言えば、こう・・・、何処か螺子が飛んでいるような、規格外の言動をする人。

         あ、偶に居ますよね、そういう人。大丈夫ですよ。私はそんなことありません。

祐真     そうか。そうかなぁ・・・。まぁ、今はそれを信じておくよ。

         はい、お願いします。

祐真     で、何で君はここに居るの?

         遊びに来たんです。

祐真     ん? と、すると。今までの発言を全て繋げて考えてみるけど、君はこの部屋に遊びに来て、押入れに隠れて、そしたらいつの間にか寝ていて、今起き出してきた、と。そういうことだよね。

         はい、そうなりますね。

祐真     何か、色々おかしい気がするんだけど・・・。

         例えば、どの辺が?

祐真     どの辺って、そうだな・・・。本音を言えば限定できないほど根本からおかしいわけだけど。敢えて言うなら、何で俺の部屋に?

         前からよく来ていたので。

祐真     ・・・うん、言いたいことは分かるよ。でもさ、この部屋の住人って替わるよね。実際こうやって昨日から俺が入ってるわけだし。

         そうですね。お初にお目に掛かります。

祐真     うん、まぁ、そうだね。初めまして。でも、君の目的って俺じゃないよね?

         今初めて会ったばかりですから、あなたを目的にするには早過ぎます。

祐真     ん? ん? 待って。え? その発言って色んな意味に取れるよね。 どういう意味?

         言ったまんまの意味ですけど。

祐真     えー、あー、そう・・・。質問に答えられてない気がするけど、まぁ、良いか。で、俺が目的じゃないなら、ここに居る意味はないよね。

         んー・・・、そうでもないですよ。ここに来るのが好きなので。

祐真     え? 何? それは住んでいる人は関係なく、ここが好きっていうこと?

         簡単に言えばそうなりますね。

祐真     取り敢えず訊いてみるけど、何で?

         う〜ん、何故でしょう。何となく、落ち着くんです。第2の故郷的な。

祐真     あー、・・・そう。だからって勝手に上がるのはどうかと思うのだけど。

         確かにそうですね。失礼しました。これからは気を付けます。隠れる前にちゃんと声を掛けます。

祐真     ・・・何か違う。まぁ、突っ込むのも面倒だからもう良いけど。

         あう、すみません。問題があるなら言ってください。

祐真     いや、もうホント良いよ。ただ、どうやって入って来たのか気になるんだけど。

         内緒です。

祐真     ・・・そう。うん。分かったよ。取り敢えず、もうすぐ日も暮れるから今日は家に帰った方が良いと思うよ。

         んー・・・、そうですね。何か寂しいですけど。仕方ないですかね。

祐真     家は何処? 何なら送っていくけど?

         あああ、大丈夫ですよ。この近くなので、1人で平気です。

祐真     ん、そうか。じゃぁ、気を付けて帰ってね。

         はい! ありがとうございます。

祐真     あ、そうだ。一応名前教えてくれないかな?

         天羽 悠です。よろしくお願いします!

祐真     ・・・お願いされちゃったよ・・・・・・。えっと・・・、天羽 悠ってどう書くの?

         『天羽』は、天空の『天』に『羽』です。『悠』は、悠久の『悠』です。

祐真     へぇ、綺麗な名前だね。

         えへへ。

祐真     えっと、もしかしなくても、これからもここに来るつもり?

         はい、勿論!

祐真     あー、そうか。じゃぁ、呼び方決めておこうかな。何て呼んだら良い?

         何でも良いですよ。友達は『ハル』とか『ハルル』とか呼んでますけど。

祐真     ・・・ハルル・・・。えーっと、じゃぁ、『天羽さん』で良いかな?

         さん付けしなくて良いですよ。

祐真     天羽?

         はい、それでOKです。今度はそちらのお名前聴かせてもらえますか?

祐真     渡水 祐真。18歳。

         18歳なんですか!?

祐真     え? そこ驚くとこ?

         だって、凄く大人っぽいから。まさか私と1つしか変わらないなんて思わなかったんです。

祐真     え!? ちょっと待って! 天羽って17歳!?

         えぇ、そうですよ。どうしたんですか?

祐真     いや、だって。え? じゃぁ、高3だよね?

         そうですよ。

祐真     大丈夫なの?

         何がですか?

祐真     いや、もう、それは。あらゆる意味に於いて。

         あー、祐真さん私のこと頼りないとか幼いとか思ってるんですね。

祐真     えーと、まぁ、ぶっちゃけ。

         大丈夫ですよ。私見た目よりしっかりしてますから。これでも結構頼られたりするんですよ。

祐真     余り信じられないんだけど・・・。電波だし。

         私は電波なんかじゃありません! まぁ、信じられないなら信じてなくても良いですよ。無理するのは良くないですし。

祐真     無理してまで信じる必要はない、と。

         そうです。

祐真     いつかそういう場面が見られるから、と。

         んー・・・、それはどうでしょう。

祐真     あら。やっぱり今のって嘘?

         いえ、本当ですよ。ただ、ここは私にとっては羽伸ばしの場なんです。だから、ここでの私は基本今みたいな感じです。

祐真     さいで。まぁ、良いよ。暇な時があれば相手もするよ。

         本当ですか!? ありがとうございます! またここに来たくなったら来ますね。

祐真     はいよ。あー、そうだ。できれば連絡先教えてくれないかな。こっちも教えるから。来る前にできれば連絡欲しいし。今日みたいなゲリラはビックリするから。

 

 祐真、ケータイを取り出す。

 

         あ、すみません。私、携帯電話持ってないんです。

祐真     え、そうなの? んー。じゃぁ、家電は?

         親から余り人に教えるなって言われてるんです。ごめんなさい。

祐真     むぅ・・・。じゃぁ、俺の連絡先だけでも教えておくよ。

 

 祐真、メモ用紙を取り出して、それに連絡先を書く。

 書き終えると、悠に渡す。

 

祐真     はい。来る前にはできれば掛けてほしいけど。どうしても無理なら良いよ。

         ありがとうございます。それじゃぁ、そろそろ私帰りますね。

祐真     うん。気をつけてね。

         はい、ありがとうございます。では、祐真さん、お邪魔しましたー。

 

 悠、上手に捌けていく。

 祐真、手を振って見送る。

 

祐真     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ・・・。この先の大学生活が凄く不安になってきたよ・・・。天羽のことは・・・、暫く様子見かな・・・。取り敢えずまだ人に言わなくても良いか。あ、でも星月さんには・・・、まぁ、良いか。

 

 祐真、ケータイで電話を掛ける。

 

祐真     もしもし、景翼? 今から行って良い? そう、晩飯。お、マジで!? ○○!? 良いね! じゃぁ、今から行くから。景翼んちって何処だっけ? ・・・

 

 祐真、通話をしながら上手に捌けていく。

 暗転

 

 

 

2

 明転

 

 部屋の中に少女が居る。

 少女は黒っぽい格好をしている。

 その少女はキィ。

 キィ、読書をしている。

 

祐真     ただいま〜。(袖より)

            と、言っても誰も居ないわけだけどっ!!?

 

 祐真、上手から入ったところで硬直。

 キィ、祐真の方へ首を向けて動きが止まる。

 間

 

祐真     何か居るーーーーー!??

キィ     あ、お邪魔してます。

祐真     え、あ、うん。お邪魔されてます。じゃ、ないよ! あー、待て待て、どうやって入ったの?

キィ     え? こう・・・、普通に。

祐真     普通にって・・・、え? だって、俺朝鍵掛けて出て、今鍵開けて入ってきたよね?

キィ     そうですね。

祐真     うん、そうだよね。じゃぁ、どうやって入ったの?

キィ     ・・・企業秘密です。

祐真     企業秘密?

キィ     はい。略して機密。

祐真     それは字が違う。

キィ     あれ? 間違いちゃいました?

祐真     うん、間違ってるよ。っていうか、確か2日前にも同じようなことがあったような気がするんだけど・・・。

キィ     企業秘密と機密って似てますからね。

祐真     今の論点はそこじゃないよ。それに似てはないからね。

キィ     どっちも秘密というところが。

祐真     うん、確かにそうだけど。それは今は良いんだよ。えっと、まずは名前から訊いておこうかな。

キィ     キィです。

祐真     ん? キィ?

キィ     はい、そう呼ばれてます。

祐真     えーと・・・、本名は?

キィ     ・・・鍵・・・小苗・・・。

祐真     鍵・・・。あー、それでキィ。

キィ     はい。できればそう呼んでほしいんですけど・・・。

祐真     理由は分からないけど、まぁ、良いよ。

キィ     ありがとうございます。

祐真     キィさん、で良いの?

キィ     さん付けはしないでほしいです。その方が落ち着くので。

祐真     あぁ、分かったよ。キィ、で良いんだね?

キィ     はい、そうです。

祐真     で、失礼だけど年齢は?

キィ     ・・・16歳。

祐真     うん、まぁ、そのくらいだとは思ったけどね。一応言っておくと、俺は渡水 祐真。18歳だから。

キィ     祐真さんですね。分かりました。

祐真     さて、本題。何でここに居るの?

キィ     入ってきたから居るんです。

祐真     うん、入ってこないとここには居るわけないからね。それは分かってるよ。そうじゃなくて、その理由を訊いてるんだけど?

キィ     こう・・・、誘われるがままに。

祐真     誘われるって、・・・誰に?

キィ     それは―――

         ただいまーーー!!

 

 悠、上手から入ってくる。

 手には紙袋。

 

祐真     はい?

         キィ、お待たせ! あ、祐真さん帰ってきてたんですねー。 おかえりなさい!

祐真     うん、ただいま。じゃ、なくて! え? これは何?

         え? どれですか?

祐真     何て言うか・・・、全体的な・・・。

         お邪魔してまーす。

祐真     いや、それは分かってる。見れば分かる。

         では、何ですか?

祐真     えーと・・・。取り敢えず、何で居るの?

         遊びに来たんですよ。

祐真     うん、それも何となく分かるけど。何で勝手に部屋に入ってるの?

         祐真さん留守にしていましたので。仕方がないので、先にお邪魔して待っていたのです。

祐真     仕方がないので、じゃないよ。君らには常識というものがないのかな?

         んん・・・、確かに常識的に考えれば外で待つなり、諦めるなりするところですよね。

祐真     分かってるじゃないか。だったら何で入ってるんだよ。

         でも、ここは第2の故郷ですから。

祐真     おい! 余り度が酷いようだと警察呼ぶよ。

         えええええ!? それは勘弁してください。

祐真     だったらこんなことしないように。

         大丈夫ですよ。何も悪さはしてませんから。もの取ったりとか、壊したりとか。

祐真     それこそ犯罪じゃないか。やらないのは当然だよ。

         うぅぅ・・・。でも、入るのだけは許してくださいよ。

祐真     ・・・自分の家が窮屈だとか?

         ・・・・・・んん・・・。こっちの方が落ち着くんです。

祐真     ・・・分かったよ。じゃぁ、入るのは許す。・・・ものも自由に使って良いよ。壊したりなくしたりしない限りはね。

         本当ですか!? 良かったね、キィ!

キィ     ありがとうございます!

祐真     で、気になっていたんだけど、君たちはどういう関係なの?

         え?

キィ     どういう関係・・・。

祐真     姉妹・・・じゃないよね。苗字違うし。友達とか?

         んー・・・、例えるなら・・・、飼い主とペットみたいな関係ですね。

キィ     悠っ!?

         えへへへ。

祐真     飼い主と・・・ペット・・・?

         そうです。ちなみに、私が飼い主の方です。

祐真     何だか、凄くキィが不憫な感じの関係だね。

         それはどういうことですか。

祐真     いや、もう言葉通りのことだから説明しようがないけど。敢えて言うなら、天羽みたいな人に飼われることになるとか、キィも大変だなぁ、と。

         酷いですよ、それ!

キィ     大丈夫ですよ。祐真さんが思っているよりも悠はしっかりしていますから。

祐真     へぇ・・・。って、何かキィの方が飼い主っぽいこと言ってるよね。

         むぅ! 私が頼りないみたいな言い方しないで下さい。・・・あれ?

祐真     どうしたの?

         もうお互いに名前知ってるんですね。

祐真     うん、さっき聴いたからね。そうだ、名前と言えば、キィは天羽のことを『悠』って呼ぶんだね。

キィ     おかしいですか?

祐真     いやいや、それで良いと思うけど。2日前に天羽と初めて会った時に天羽が、友達からは『ハル』とか『ハルル』とか呼ばれてるって言ってたから。キィはそう呼ばないんだ、と思って。

キィ     あー、確かに悠の友達はそう呼ぶ人が結構居ますね。初めて聴いた時に『ハルル』はちょっと笑いそうになりましたよ。

         おかしくないって。可愛い響きですよね、『ハルル』って。

祐真     んー・・・。何か数年前のアニメ映画思い出すよね。そのタイトルにもなってる登場人物。

         うぅ、突っ込みづらい返しをされたよ・・・。

祐真     え、天羽って突っ込みだったの? 今までボケ通しだったのに。

         う、酷いです! 私は学校ではかなりの突っ込みものですよ!

祐真     想像できないけど。まぁ、そういうことにしておこう。

         そうなんです! 突っ込みで私の右に出る人はいなかったんですよ!

祐真     え? それってネタだよね?

         違いますよぉ!! あああああ、もう! キィ、何か言ってやってよ!

キィ     頑張れ悠ー。ペットのわたしは見守ることしかできないよー。

祐真     あぁあ、飼い主がペットに見放されたよ。

         うわぁぁああああああん!!!

 

 悠、拗ねる。

 

祐真     しかし、飼い主とペットって、また面白い位置付けだね。現実では余り聴かないけど。

キィ     そうですか?

祐真     兄弟とか姉妹とか、親子とか。友達同士でそういう関係って感じの人たちは偶にいるけど、飼い主とペットって中々ないと思うよ。

キィ     うーん・・・。確かに、周りから聴いたことはないかも知れませんね。

祐真     何か意味とかは有るの?

キィ     ・・・んー・・・。特にはない・・・と、思います・・・。

祐真     思うって、もしかして天羽が勝手に言い出しただけ?

キィ     ・・・えぇ、まぁ・・・。

祐真     なるほど。・・・ところで、この子を何とかしてくれないかな。

キィ     分かりました。ほら〜、悠〜。そろそろやめた方が良いよ〜。

         ・・・・・・うん、誰も構ってくれないから、そろそろホントに寂しくなってきてた。

祐真     あのさ、天羽の電波は何とかならないの?

         電波じゃありません!!

キィ     そうですよ。悠は電波じゃありません。

         キィ・・・、ありが―――

キィ     天然なんです。

         ―――とぅ!?

祐真     あぁ、納得。

         納得された!? ふ、2人とも酷いです!!

祐真     いや、だって。ホントのことだから。

キィ     そうそう。今まで優しさで悠に言うのを抑えてたんだけど、流石にそろそろ自覚してもらわないと困るからね。だから優しさで言ってあげました。

祐真     それは残酷な優しさだね・・・。

         ・・・・・・。

キィ     凹まなくても大丈夫だよ。おいで、悠。

 

 悠、キィのところへ行く。

 キィ、悠を抱き寄せる。

 キィ、悠の頭を撫でながら喋る。

 

キィ     悠はそのままで良いよ。そのままで十分わたしが好きな悠だから。今の悠が好きだから。だから、大丈夫。分かった?

         うん。

キィ     よろしい。

祐真     どっちがペットなんだか・・・。

         ・・・あ、そうだ。

 

 悠、紙袋を手に取る。

 

         忘れてた。キィ、これ。

 

 悠、中のものを取り出す。

 チョーカーが出てくる。

 

         はい、ちゃんと買ってきたよ。どうぞ。

キィ     わぁ。ありがとう!

祐真     チョーカー?

         そうです。前に首に着けてたものをなくしちゃいまして。それの代わりとして買ってきたんです。前々から何か欲しいって言ってましたし。

祐真     なるほど。

 

 キィ、チョーカーを着ける。

 

キィ     ん、ぴったり。

         良かった。誕生日おめでとう、キィ!

キィ     ありがとう!

祐真     今日がキィの誕生日なのか。

         はい、そうです。年に1度の日ですから、やっぱりお祝いはしたいですし。余り派手なことはできませんけど、プレゼントはあげたいな、って思ったんです。

祐真     くす、良いんじゃない、そういうの。やっぱり1番嬉しいのは気持ちだよね。

キィ     はい! 大切にするよ、悠!

         うん。

祐真     俺からは何もあげられなくて悪いけど・・・。でも、誕生日、おめでとう。

キィ     ありがとうございます! 気持ちだけで十分ですよ。それに、この部屋を貸してもらっていますし。

祐真     そうだ。この後もし良ければここで誕生パーティする? まぁ、ちょっとしたことしかできないけど。

キィ     え、良いんですか!?

祐真     構わないよ。ただ、もうそろそろ人が来るんだ。

         え? 誰ですか?

祐真     誰って・・・。言っても分からないと思うけど。俺の友達だよ。

         ご友人ですか。

祐真     うん。で、頼みがあるんだけど。

         何ですか?

祐真     2人はその間何処かに隠れていてくれないかな?

キィ     何故ですか?

祐真     う〜ん、今君たちが見つかると、何かと面倒なんだよ。だから、できればあいつに見つからないようにしてほしいんだ。

キィ     ・・・そですか。分かりました。

祐真     じゃぁ、2人はどこか外で待っていてくれないかな?

         はい、了解しましたぁ。

 

 3人、上手へ移動。

 インターホンが鳴る。

 

祐真     ヤバっ! もう来たよ!

         これじゃぁ、外に出られませんよ。

祐真     こうなったら悪いけど、ベランダに隠れていてもらえないかな。できるだけあいつはすぐに帰すから。

         ベランダですか・・・。分かりました。

 

 悠とキィ、下手へ捌ける。

 

 祐真、上手に捌けて、間もなく出てくる。

 景翼、その後ろに付いて入ってくる。

 

景翼     ウィ〜ッス。お邪魔しまーっす。

祐真     はいよ。何か飲む?

景翼     何が在るんだ?

祐真     緑茶と、紅茶と、コーヒーと、後はジュースが数本。

景翼     ジュースって、この前の残りか?

祐真     そうそう。

景翼     何だよ、まだ残ってたのか。オレなんか何本買ってきてもその日の内に消費しちまうぞ。

祐真     必要以上には飲まないようにしてるんだよ。特にジュースとかは誰か来た時に出せるからね。

景翼     なるほどな。じゃぁ、ジュース貰うぞ。

祐真     どうぞ。冷蔵庫の中に入ってるから自分で選んで。

景翼     おう。

 

 景翼、上手へ捌ける。

 間もなく戻ってくる。

 手にジュースを持っている。

 

景翼     お前の冷蔵庫カオスだな。あれは一般の客に見せられるもんじゃないぞ。

祐真     そうかな。普通じゃないかな。

景翼     あれを普通と感じるお前の感覚がおかしい。何で生卵が入った器が3つも入ってるんだよ。しかも解いてるわけでもねーし。

祐真     あー、あれは次回使い易いように予め割っておいて器に入れてるの。

景翼     そんな発想が出るやつは滅多に居ねーよ。使う時に割れば良いじゃねーか。所要時間はどちらも変わらないんだから手間も同じだろうが。

祐真     あー、そうか。確かにどっちにしても同じかもな。

景翼     冷蔵庫の容量を無駄に減らしてるだけだっての。それから、何で未開封のドレッシングとか、ソースとか、ケチャップとかマヨネーズがそれぞれ数個ずつ入ってるんだよ。

祐真     これから暖かくなるし、腐るとマズイから。

景翼     未開封じゃねーかよ。入れる必要ないんだよ。お前が買った店ではそれらは冷やされながら売られてたのかよ。

祐真     あ、そう言えば普通に置いてあったな。

景翼     だろ?

祐真     危ないなぁ、客にそんなものを売るなんて。

景翼     ・・・お前馬鹿だろ。勉強はそれなりにできるくせに生活の知恵というか、生活に於ける常識は皆無に等しいんじゃないか?

祐真     心外だな。常識ならちゃんとあるよ。留守中の家に勝手に入ったりしないし。

景翼     当たり前だろうが! それは犯罪だろ!

祐真     だよねー。

景翼     ねー、じゃねーよ。後、それから、何でお前の冷蔵庫の中に大量に酒の類が入ってんだ?

祐真     あー、姉さんが勝手に入れていった。

景翼     お前の姉は姉で凄いよな。未成年の弟の冷蔵庫に普通酒なんて入れねーぞ。

祐真     うん。俺も困ってる。

景翼     じゃぁ、入れるなって言っておけば良いだろ。姉弟揃って何なんだよお前らは。

祐真     人間です。

景翼     分かっとります、そんなことは。

祐真     さいで。

 

 少しの間

 

祐真     そうそう。で、話って?

景翼     あぁ、まずはこいつを見てくれ。

 

 景翼、ケータイを取り出し、メールを開く。

 その内容を祐真に見せる。

 

祐真     口に出して読んで良いの?

景翼     好きにしろ。他に誰に聴かれるわけでもないからな。恥ずかしくなるのはお前だし。

祐真     どういうこと?

景翼     良いから読めよ。読めば分かる。

祐真     「親愛なる景翼様へ。花の便りも聴かれるころとなりました。恭介様は如何お過ごしでしょうか。さて、この度、私(わたくし)は恭介様にお伝えしたいことがあり、ご一報させて頂きました。回りくどく言えども、それは詰まらぬ戯言へと変わってしまいます故、率直に述べさせて頂きます。私は、景翼様を愛しております。是非とも付き合って頂きたいと思っております。ご多忙の折、まことに恐縮ではありますが、宜しければお返事など頂ければ嬉しく思います。末筆ながら、これからもご健康に気を付け健やかなる成長を経ることを心よりお祈りいたします」

            ・・・何この丁寧なようで無茶苦茶な文章。

景翼     送信者見てみろ。

祐真     ・・・『渡水 恵雫』。あぁ、何処かで聴いたことあるね。

景翼     何処かって、お前の姉だろーが。

祐真     そうかぁ、俺の姉かぁ・・・。姉か・・・。姉・・・。ん? 姉さんーーー!!?

景翼     そうだよ。お前の姉の渡水 恵雫だよ。

祐真     え? ちょっと待って。これって夢だよね。

景翼     夢じゃねーよ!

祐真     ちょっとこっち来て。

景翼     何だよ?

 

 景翼、祐真の方へ行く。

 祐真、景翼に攻撃。

 

景翼     痛って!!?

祐真     ・・・夢じゃない・・・・・・。

景翼     テメェ、試すなら自分の身体で試せ!

 

 景翼、反撃。

 

祐真     がぁっ!!?

景翼     あ、ヤベ。マジで入った・・・。

祐真     ・・・おま・・・本気で・・殴りやが・・・・・・て・・・。

 

 祐真、倒れ伏す。

 景翼、祐真の傍にしゃがみ、上体を救い上げる。

 

景翼     オイ、大丈夫か!? 悪かった。あんなに綺麗に入るなんて思ってなかったんだ。・・・って。・・・・・・え? ・・・オイ! オイ!! 返事しろよ!! 動けって!! なぁ、オイ!! 嘘だろ!!? 動けよ!!! 死ぬなああああああ!!!!

 

 祐真、景翼の手から崩れ落ちる。

 

景翼     ・・・・・・嘘・・・だろ? え? 俺が・・・殺した? 俺が・・・。・・・はは・・・はははは・・・ハハハハハ!! この手で・・・。自分の親友を!? 幼馴染を! ハハハハハハ!!! 滑稽だな、オイ!!

 

 景翼、祐真のチョップを食らう。

 

景翼     イッ!?

祐真     勝手に人を殺すな。

 

 祐真、立ち上がる。

 

祐真     イタタタタタタ。これは暫く響きそうだな・・・。

景翼     え? あれ? 生きてる?

祐真     生きてるよ。だから勝手に殺すなよ。

景翼     ・・・大丈夫なのか?

祐真     大丈夫だよ。ただ、お願いだからもう少し手加減してくれないかな。

景翼     あぁ、・・・悪かった。

祐真     まぁ、このことは良いや。取り敢えず話を戻そうか。

景翼     おう。

祐真     簡単に言えば、景翼のところに姉さんからの告白メールが届いた、と。そういうことで良いのかな?

景翼     そうだな。

祐真     他には?

景翼     特にないな。これだけだ。今のところはな。

祐真     ふーむ・・・。

景翼     俺の名前まで書いてるからな。間違いってことはないよな。俺宛以外に考えられない・・・。

祐真     ・・・うん。

景翼 で、お前に訊きたいことが有るんだが。・・・何か心当たりはないか?

祐真     あー・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ない。

景翼     あるだろ。何だよ、今の間。

祐真     んー・・・、確かにあるけど・・・。

景翼     だろうな。さぁ、言え。吐け。放て。今すぐ。

祐真     その前に、1つ確認して良い?

景翼     ん? 何だ?

祐真     景翼は、姉さんのことどう思ってるの?

景翼     ・・・・・・。・・・どうって?

祐真     分かってて訊いてるよね? 敢えて言うけど、好きなの? どうなの?

景翼     ・・・・・・・・・。・・・答えられねーよ。

祐真     じゃぁ、質問を変えるよ。2日前、帰る少し前の会話。星月さんや姉さんと茶化す感じで言ってたけど、実際はどう思った?

景翼     ・・・どう? って・・・。 そんなこと言われたって、質問が曖昧で答え難いって。選択肢でも在れば話は別だけどな。

祐真     それなら選択肢を付けるよ。 あの時言ったのは本心だった? それとも、本当は好きだった?

景翼     ・・・選べねーよ。そもそもそんなの、自分でもどっちか分からねーし。その場のノリってのが在っただろ。

祐真     なるほど。じゃぁ、俺には景翼の相談に乗る気はないよ。

景翼     は? 何でだよ!?

祐真     相手に対する自分の気持ちも分からない状態で「どうすれば良い?」って訊かれて、俺に何が答えられる? 良い返事を期待するだけ無駄だよ。

景翼     意味分かんねー。何でそんなに突き放すんだよ! お前親友なら相談に乗ることくらいしろよな!!

祐真     はぁ。俺は祐真であって、景翼じゃない。姉さんのこのメールに答えられるのは世界で唯1人、景翼しか居ないんだよ。

景翼     ・・・そんなの・・・分かってんだよ。ただ、ホントに困ってるから相談に来たんだ。ネタとしてこのメールを見せたかったわけじゃないからな。

祐真     ・・・なら、景翼は何に困ってるの?

景翼   さっき言ったようにどっちか分からねーから。メールに答えようがねーんだよ。

祐真     なんだ、答え出てるじゃん。

景翼     は?

祐真     どっちか分からないから答えようがない。それが景翼の答えじゃないの?

景翼     ・・・分からない・・・、が、答え?

祐真     そうそう。恋愛っていうのはさ、結局は自分の気持ちを相手にぶつけるところから始めるわけじゃん。大切なのは、答えがどちらか、じゃなくて、自分の気持ちをぶつけることだよ。相手に想いを伝えることだよ。本音同士がぶつかって、初めてそこで答えが出るんじゃないかな。

景翼     ・・・なるほど。つまり、思ったことを送れば良いってことか・・・。

祐真     そういうこと。相手がどう思うかは、二の次だよ。そんなの考えてたら何もできないからね。

景翼     ・・・お前って経験在るのか? 恋愛の。

祐真     ・・・企業秘密。

景翼     企業・・・?

祐真     略して機密。

景翼     それは違うだろ。

祐真     ご想像にお任せしまーす。

景翼     お前の浮いた話は聴いたことないけどな。

祐真     俺は外に出すものと出さないものをきっちり分けてるからね。

景翼     ほ〜ぉ、幼馴染にも話せないことが有ると。

祐真     いや、そりゃぁ普通誰だって有るよ。

景翼     俺が信用できないのか?

祐真     そうじゃなくて、誰にだって隠したいこととか、他人に知られたくないことが有るものだよ。景翼もそうでしょ?

景翼     ・・・お前にはオープンだと思うが・・・・・・。

祐真     あぁ、世の中例外は居るもんね・・・。

景翼     ぁあ? どういうことだよ、それは。

祐真     深い意味はないよ。うん。

景翼     ・・・納得いかないけど、そういうことにしておいてやるよ。・・・あ。そういえば、まだ質問に答えてもらってなかったよな?

祐真     ん? 質問?

景翼     あぁ、質問。恵雫さんがメールを送ってきたことに関して、心当たりは何だっていう。

祐真     え、あー、まぁ、良いじゃん。どうすれば良いか分かったんだから。

景翼     良くない。何故送られてきたのか、その根本が解決してないだろ。

祐真     だから、姉さんが景翼のことを好きだからだよ。

景翼     そこまでに至った経緯というか、理由が分かんねーんだよ。何か知ってるんだろ?

祐真     人を好きになることに理由が要るの?

景翼     いや、要らねー・・・と、思うけど。これには何か裏が在りそうな気がするんだよ。

祐真     またまた不純な考えを。素直に受け止めたら良いじゃない。

景翼     そう言うお前が1番怪しいんだよ。

祐真     ソンナコトナイヨ。

景翼     何で片言なんだよ。

祐真     ワタシ、何モ、知ラナイアルヨ。多分裏ナンテナイアルヨ。

景翼     ないのかあるのかはっきりしろよ! ってか、誰だよ、お前!

 

 少しの間2人のくだらない言い合いが続く。

 

 インターホンが鳴る。

 

祐真     ・・・ん?

景翼     ・・・誰だ?

祐真     さぁ?

 

 祐真、上手へ捌ける。

 すぐに急いで帰ってくる。

 

祐真     ヤバイヤバイヤバイヤバイ。

景翼     え? え? どした?

祐真     姉さん姉さん。来たのは姉さんだって。

景翼     え!? マジで!?

祐真     今見つかるのはヤバくない?

景翼     確かに。隠れた方が良さそうだな。

祐真     えーっと、何処が良い?

景翼     えー・・・、あ、ベランダは?

祐真     OK、じゃ、そこに。

 

 景翼、下手へ捌けていく。

 

祐真     !! あ、ちょ、景翼、待った!! あー、もう出てる・・・。あそこにはあの2人が居たんだよ・・・。すっかり忘れてた・・・。

 

 祐真、項垂れる。

 

恵雫     たっだいま〜。お、どうした少年、浮かない顔をしておるな。どれ、わしが相談相手になってやろうか?

祐真     ・・・「ただいま」じゃないよ。ここは俺の部屋だよ。合鍵が有るからって、好き放題しないでよ。

恵雫     気にしない気にしない。私とユウの仲じゃない。

祐真     何でそんなに上機嫌なの? って言うか、酔ってる?

恵雫     飲んでないもの。酔ってはいないわ。

祐真     じゃぁ、何か良いことがあったとか?

恵雫     ふっふっふ。ついに来たのよ、この日が。

祐真     ・・・何とも言えない怪しさがあるな・・・・・・。

恵雫     じゃーん!! 初任給ぅ〜!!

祐真     あー、そうか。もうそんな頃だもんね。

恵雫     ありゃ、何だよー、ノリが悪いぞ。こういうものは、一緒に喜びを共有するものなのよ。はい、バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ!!

祐真     姉さん、それ毎月してたら死ぬよ?

恵雫     大丈夫大丈夫。初任給は特別だからよ。来月以降はここまではやらないわ。

祐真     あー、そう。ところで、今日は上がるの早くない?

恵雫     上司がね、私はいつも頑張ってるから、今日は早く帰って良いって。

祐真     ヘー、それは良かったね。

恵雫     そう。だから今日は凄く嬉しいの!

祐真     ・・・できればそのパワーを分けてもらいたいよ・・・。

 

 祐真、ベランダの方が気になり始める。

 

祐真     で、今日は何の用なの?

恵雫     用事がないと来たらいけないみたいな言い方するのね。身内なんだからもっとオープンに行きましょうよ。

祐真     少しは自重してください。・・・人が居るんだから・・・・・・。

恵雫     ん? 何?

祐真     いや、何でもないよ。じゃぁ、用事がないなら悪いけど今日は帰ってくれると嬉しいな。

恵雫     そんなに露骨に追い払わなくても良いじゃない。・・・何か用事でもあるの?

祐真     その通り。

恵雫     その用事って結構重要?

祐真     まぁまぁね。なので、用事がないならとっとと出て行ってくださいね、お姉さま☆

恵雫     残念でした。実は用事が有るんだな、これが。

祐真     ・・・何?

恵雫     あー、さっさと聴いて用件済ませてさっさと追い出そうとしてるなー、コイツぅ。

祐真     うん。

恵雫     こうなったら意地でも居座ってやるわよ。

祐真     勘弁してください。ホント困るんだよ。

恵雫     そうね。確かに、現在進行形で困ってるものね、ユウ。

祐真     分かってるなら、協力してくれないかな。

恵雫     じゃぁ、了解。単刀直入に言うわ。

祐真     どうぞ。

恵雫     景翼君から何か言われた?

祐真     ブフっ!?

恵雫     あはははは、分かり易い反応。相談受けたのね。

祐真     ・・・・・・。受けた・・・けど、それが何?

恵雫     景翼君何って言ってたの?

祐真     ・・・それを俺の口から聴いてどうするの。本人から聴くべきだと思うけど。

恵雫     確かにそうだけど・・・。あ、そうだ。じゃぁ、ユウは何て言ってあげたの?

祐真     黙秘権を行使します。

恵雫     ダメです。・・・と、言いたいところだけど。まぁ、良いかな。

祐真     何か良からぬことを企んでない?

恵雫     そんなことないわよ。今度景翼君に訊けば良いかな、と思っただけ。

祐真     それが良からぬことだよ。

恵雫     気にしない気にしない。

祐真     ・・・気にしてくれないかな。

恵雫     ところでさ。

祐真     何?

恵雫     さっきからベランダの方気にしてるみたいだけど、何か在るの?

祐真     え、ないよ、何も。

恵雫     嘘。ユウの嘘は分かり易いのよ。

祐真     皆分かり難いって言うけど・・・。

恵雫     お姉さんは何でもお見通し。って感じかなぁ。

祐真     都合良いね、それ。姉さんには嘘を吐けないってこと?

恵雫     そういうこと。じゃ、ベランダを見せてね。

祐真     流石に見せられないよ。

恵雫     って言われると、人間って余計に見たくなるものよね。

祐真     いや、ホント困るから。見てはいけないって言ってるんだけど。

恵雫     大丈夫、ちょっとだけよ。

祐真     ちょっともダメ。

恵雫     20秒。

祐真     長いよ。

恵雫     10秒。

祐真     ダメだって。

恵雫     5秒。

祐真     無理。

恵雫     1分。

祐真     まぁ、1ぷ・・・ん? 増えてるよ!

恵雫     ・・・じゃぁ、こうしましょう。ジャンケンで勝負。5回中私が4回勝ったら見せて。

祐真     ・・・分かったよ。

 

 祐真と恵雫、ジャンケンをする。

 恵雫、1回負けた次の回で、ジャンケン直後に祐真の横をダッシュで駆け抜ける。

 恵雫が4回連続で勝った場合は、そのまま勝ちとなる。

 

恵雫     私の勝ちー。

 

 恵雫、下手へ捌ける。

 祐真、リアクション。

 

祐真     あぁあ、面倒なことになるぞ・・・。

 

 恵雫、景翼を拉致して出てくる。

 

恵雫     景翼君見っけー! 水臭いわよ。居るならそう言ってくれれば良かったのに。

祐真     面倒なことになりそうだったからね。って、あれ?

恵雫     どうしたの?

祐真     ちょっとベランダ見てくる。

景翼     あ、待て、オイ! オレを1人にするな!

 

 祐真、下手へ捌ける。

 

恵雫     何だか、私が頭数に入ってなかったわね?

景翼     えぇ、まぁ・・・。えー、取り敢えず手を離してください。

恵雫     や。

景翼     『や』って。オレにも自由が欲しいんすけど。

恵雫     冗談よ、冗談。はい。

 

 恵雫、景翼の手を離す。

 

 祐真、下手から入ってくる。

 

祐真     おかしいな・・・。何で居ない・・・?

恵雫     どしたの?

祐真     いや、誰か居たような気がしたから、ちょっと見に行っただけ。

恵雫     ふーん。

景翼     ベランダにはオレ以外は誰も居なかったよ。まだ肌寒いのに1人で待たせやがって。挙句バレてやがるし。

祐真     ・・・・・・・・・そう・・・。

景翼     何だよ、気のない返事だな。何か気になることでもあるのか?

祐真     絶対居ると思ったんだけどなぁ・・・。

景翼     眼科行け、眼科。

祐真     病院は嫌いなんだけどね。

景翼     ガキか、お前は。

祐真     ガキな俺でも景翼よりは大人だよ。

景翼     テメェ・・・。

恵雫     まぁまぁまぁまぁ。取り敢えず落ち着きましょう。

祐真     そもそもの原因は姉さんだと思うんだけど。

恵雫     え? 何で私?

祐真     姉さんがメールを送ることがなければ、今日、景翼が来ることも、こうやって姉さんと鉢合わせすることも、そもそも、景翼が姉さんから隠れることもしなくて良かったのに。

恵雫     ・・・何で隠れる必要があったのよ?

祐真     絶対面倒が起こると思って。

恵雫     酷いわね。面倒なんて起きないわ。

祐真     いや、もうこの時点で起き掛けてるけどね。

恵雫     え? 嘘?

祐真     ほら、景翼から出てるこのオーラ。空気。雰囲気。こっちまで緊張してしまうくらい緊張してるよ。

恵雫     あはははは、何意識してるの。気を楽にしてさ、普段通りで良いんだって。ホント面白いくらい緊張して。

景翼     え? じゃぁ、あれは冗談なんすか?

恵雫     んーん、本気よ。

祐真     だったらさっきの姉さんの言葉は酷なんじゃないかな。しかも、いきなり笑って。

恵雫     あら? そう?

祐真     取り敢えず、この空気をまず払拭させよう。景翼が想いを伝えたらそれで終了だよ。

景翼     ・・・マジ・・・かよ・・・。

恵雫     頑張って、景翼君。

祐真     ほら、当事者からの応援も来てるよ。プレッシャーにしかならないだろうけど。

景翼     えーと・・・、分かった。取り敢えず、言えるようになるまで待ってくれ。時間をくれ。

祐真     それは俺じゃなくて姉さんに言ってよ。

景翼     ・・・少し、時間下さい。

恵雫     良いわ。待ってる。

景翼     って言うか・・・、ここで言わなきゃならないんすか? また別の機会、とか。メールででも・・・。

恵雫     でも、景翼君の中で答えはもう出てるんでしょう? だったら、早い内に言った方が楽になるし、私も早く答えが欲しいもの。

祐真     逃げ道はなし、だよ。

景翼     ・・・。

祐真     何なら、俺外に出てるけど。

景翼     ・・・悪い、頼む。

 

 祐真、上手に捌ける。

 

景翼     ・・・・・・。

恵雫     ふぅ・・・。そうね。改まるから言えないのよ。リラックスしていきましょう?

景翼     は、はぁ・・・。

恵雫     何か飲む? お酒も在るけど。酔いに任せて言っちゃうのも手よ。

景翼     ・・・遠慮しときます。

 

 間

 

恵雫     じゃぁ、会話していきましょうか。景翼君が一方的に言おうとするから、多分難しいのね。

景翼     ・・・はい。

恵雫     正直、ビックリしたでしょう?

景翼     えぇ、まぁ・・・。

恵雫     普通に送ったら面白くないからって、あんな文章にしたの。イタズラかと思った?

景翼     ・・・多少。でも、恵雫さんすから、単なる遊びで送ることはないだろうな、と・・・何となく思いました。

恵雫     なるほど。何だか、私って結構真面目なイメージが有るのかな。景翼君の中での私のイメージって、どうなの?

景翼     ・・・んー・・・。どうすかね・・・。確かに、真面目ってイメージは有りますね。でも、遊び方もしっかり知ってるような・・・。オン・オフの切り替えが上手そう・・・って感じすかね・・・。

恵雫     良いこと言ってくれるじゃない。私、公私の自分の使い分けは結構自信が有るのよ。

景翼     そうなんすか。・・・そういうのって、できる女って感じっすよね。

恵雫     ふふふ・・・、ありがと。

景翼     気になるんで、逆に訊いても良いすか?

恵雫     どうぞ。

景翼     オレのイメージはどんななんすかね。

恵雫     そうね・・・。活発で、元気で、明るくて。ちょっと乱暴なところもあるけど、根は優しくて。皆のこと考えてて。自分を客観視できるところも良いところね。

景翼     ・・・それは、過大評価じゃないすか・・・・・・?

恵雫     そうかしら。別に過大評価してるつもりはないわ。思ったことをいっているだけ。

景翼     ・・・はぁ、そうすか・・・。

恵雫     あぁ、あと、家事ができるってのはポイントが高いわ! うちはユウも私も苦手でさ、料理とか碌なものを作れないけど、景翼君色々作れるし。

景翼     えぇ・・・、まぁ・・・。でも、家事とかは経験と慣れでどうとでもなるもんすけど。料理に関しても、プロになるわけじゃないんすから、毎日作ってればある程度は自然に上達しますよ。

恵雫     おぉ、さすができる人は格好良いこと言う・・・。

景翼     できる人、つーか、継続は力なり、っすよ。続ければ良いだけっす。

恵雫     くす、あはははは。

景翼     な、何で笑うんすか!?

恵雫     結局は私、そういうところに好かれたんだな、と思って。

景翼     ・・・恵雫さん・・・。

恵雫     実を言うとね、私まだ何で景翼君のことが好きか分からないままメール送ったの。でも、漸く見つけた。答え。そういうことだったんだ、て。

景翼     ・・・・・・。

恵雫     ・・・今度は、景翼君の答え、知りたいな。

景翼     ・・・・・・本当のこと、言って良いんすか・・・?

恵雫     えぇ、勿論。そうじゃないと意味がないもの。

景翼     ・・・正直・・・、分からないんです。好きか、どうかが・・・。・・・自分の中で、明確な答えが、出てないんです・・・。だから、本音を言えば、どう答えれば良いか分からない。・・・これが・・・、オレの、答えです。

恵雫     ・・・そう。

景翼     すいません・・・。

恵雫     良いのよ。

 

 恵雫、突っ伏する。

 そのまますすり泣くような声が出る。

 景翼、何をして良いか分からず、うろたえる。

 恵雫、いつのまにか笑声になっている。

 

景翼     ・・・え? あの・・・、大丈夫・・・すか? 恵雫さん・・・?

恵雫     そう、そうよ、うん。分からないってことは、どちらにでもなり得るってことよね!

景翼     恵雫・・・さん?

恵雫     よし、景翼君、付き合いましょう!

景翼     ・・・はぁ?

恵雫     付き合っていく中で、好きかどうかが分かってくるかも知れないじゃない。新しい答えが出るまで、取り敢えず付き合ってみましょう! で、答えが出てからその後はどうするか決めれば良いわ。これで万事解決!

景翼     ・・・・・・はぁ・・・。

恵雫     それにしても、ユウに感謝ね。

景翼     ・・・え? 何故っすか?

恵雫     だって、ユウが景翼君のこと紹介してくれてなかったら、私多分告白に踏み切ってはいなかったもの。

景翼     ・・・はい? 祐真が・・・オレを、紹介?

恵雫     えぇ、そうよ。あれ? 聴いてなかったの? 前の片付けの日、2人が帰った後にさ、ひょんなことで私に彼氏が居ないことがユウにばれちゃって。で、だったら、って紹介してくれたのが、景翼君だったのよ。

景翼     ・・・へぇ・・・祐真が・・・。

恵雫     えぇ、そうよ。てっきりユウはもうこの話をしてるのかと思ったけど、してなかったみたいね。

景翼     なるほどねぇ・・・。

恵雫     ・・・んー・・・、じゃぁ、そろそろユウを呼ぼうかしら。

景翼     すいません、早急にお願いします。

 

 恵雫、上手へ捌ける。

 祐真、上手から間もなく出てくる。

 恵雫、後から上手より出てくる。

 

祐真     で、景翼、どうなっだっ!!?

 

 祐真、景翼の攻撃によりダウン。

 

景翼     やっと見つけたぜぇ、黒幕さんよぉ・・・。

祐真     え、ちょ、タイム! ストップ! 待て! お預け! フリーズ! ホーム! ウェイト!

景翼     だが断る!

 

 景翼、祐真を襲撃。

 痛恨の一撃!

 

景翼     ふぅ・・・。

恵雫     あー・・・、もしかして紹介のこと、言ったの悪かったかしら・・・。

景翼     そんなことないっすよ。(爽やかな笑顔)

恵雫     ・・・取り敢えず生きてるー? ユウ。

祐真     ・・・そ、走馬灯と、川が、見えた・・・・・・。

 

 祐真、ゆっくりと立ち上がる。

 

景翼     大丈夫そうだな。

恵雫     元気そうね。

祐真     何処が!? イッタタタタタタタ。

景翼     反論する元気が有るな。

恵雫     痛覚もちゃんと生きてるし。

景翼     問題なし、か。

恵雫     そうね。

祐真     いやいやいやいや、あんたの行動に問題ありでしょ。

景翼     ん? 当然の制裁だ。勝手に人を使いやがって。

祐真     あー・・・、それは悪かったよ。ごめん。

景翼     まぁ、もうスッキリしたしな。

祐真     で、結局どうなったの?

景翼     何か成り行き上―――

恵雫     付き合うことになりましたーーー!!

祐真     今の、マンガだったら口の中にハートマークが入ってたね。

景翼     そんな解説要らねーよ。まぁ、とにかくそういうことなんで。

祐真     ん、了解。まぁ、これからの展開を楽しみにしておくよ。

恵雫     ふっふっふ、見てなさいよー、ユウ。あんたに一泡吹かせて見せるからね。

祐真     さっき吹いたばかりだけどね。とにかく、頑張ってね、お2人さん。

恵雫     ・・・さて、私はそろそろ帰らないとね。

景翼     送っていきましょうか?

恵雫     ん? あぁ、大丈夫よ。それに、車だし。

景翼     そうすか。気をつけて帰ってください。

恵雫     はいはーい。あ、そうだ。ユウ少し借りていくけど大丈夫?

景翼     え? 良いっすけど。ってか、それならオレも帰るけど。

祐真     あー、待って。景翼はここで待っててよ。晩飯作って欲しいから。

景翼     はぁ!? 聴いてねーよ!

祐真     今言ったよ。

景翼     いや、事前に言っておけよ、そういうのは。

祐真     何か問題でも?

景翼     ・・・特にねーけど・・・。分かったよ、待っててやるから。

祐真     おー、サンキュー。

景翼     ついでに材料買って来い。お前のところ使えるものが少な過ぎる。

祐真     はーいよ。それじゃ、適当に寛いでて。

景翼     おう。いってっさい。

祐真     いってきまーす。

恵雫     じゃぁ、またね、景翼君。

景翼     はい、また。

 

 祐真と恵雫、上手へ捌ける。

 

景翼     ・・・寛げって言われてもな・・・・・・。やることねーし・・・。買い物はあいつに任せずに、オレが行った方が良かったかな・・・。

 

 景翼、部屋を適当に歩き回る。

 テーブルの上の本(キィが読んでいた本)に手を伸ばす。

 

景翼     何だこれ? あいつ、こんな本読むのか?

 

 景翼  、本のページをパラパラと捲る。

 

景翼     字ばかりだな。絵とか写真が全然ねぇ。こんな本が面白いのかね・・・。

 

 景翼、本を元に戻す。

 その後、横になる。

 

景翼     やることねーし、寝るかな・・・。

 

 悠とキィ、下手より出てくる。

 

         そろそろ大丈夫かな?

キィ     ・・・誰も居ない・・・・・・?

         んー、呼んでみようかな。・・・祐真さーん! 居ますかー!?

 

 景翼、起き上がる。

 

景翼     ん? 誰か居るのか?

 

 景翼、2人と目が合う。

 2人、硬直。

 

景翼     何だ・・・人か・・・。

 

 景翼、再び横になる。

 

         ・・・・・・。

キィ     ・・・・・・。

         ふぅ・・・。驚いた・・・。

キィ     これは一旦戻った方が良さそうだね。

 

 2人、下手へ捌けようとする。

 景翼、勢い良く起き上がる。

 

景翼     人ぉ!!?

 

 2人、動きが止まる。

 

景翼     ちょっと待て! 何だお前ら?

         ・・・・・・あー・・・通りすがりの村人Aです・・・。

キィ     ・・・同じく村人Bです。

景翼     何処のRPGだ。取り敢えず普通に名前を言えよ。

         ・・・人に名前を聴く前に、自分が名乗るのが礼儀ですよ・・・。

キィ     悠!?

景翼     ・・・・・・んー、確かにそうだな。

キィ     え?

景翼     オレは鏡 景翼。・・・・・・恋人持ち。

         恋人がいるんですか! 確かに格好良いですもんね!

キィ     悠?

景翼     カッコイイって・・・。はは、良いこというじゃねーか。

         私は天羽 悠って言います。17歳です。

景翼     17ってことは・・・、高校生か。

         はい、そうです!

景翼     じゃぁ、そっちの黒い服の方は?

キィ     ・・・わたしは・・・鍵 小苗です。できればキィって読んでほしいですけど。

景翼     キィ? 鍵だからか?

キィ     はい、そうです・・・。

景翼     悠とキィで良いんだな?

         はい、そうです。

キィ     お願いします。

景翼     ・・・悠はまだ良いとして、キィ、そこまで怖がる必要はねーよ。オレは取って食いやしねーから。

キィ     はい、・・・ごめんなさい。

景翼     ふぅ・・・。悠、質問。

         はい、何でしょう?

キィ     オレってそんなに怖い?

         ・・・そうですね・・・・・・。本音、ちょっと怖いです。

景翼     ・・・そうか。何となくショックなんだが。

         でも、根は優しそうだな、と思います。

景翼     ほう、さっきも同じこと言われたよ。やっぱりそうなのかね。

         そうだと思います。人から言われるっていうことは、それは自信を持って良いことだと思いますから。だから、キィも怖がる必要はないよ。

キィ     うん・・・。

景翼     まぁ、すぐには慣れねーだろーよ。徐々に徐々にだろう。

キィ     はい・・・。・・・なんか、祐真さんとはまた違ったタイプで、戸惑いが有るんです・・・。祐真さんの友達と聴いたから、似てるのかな、と思ったのですが・・・。

景翼     ん? お前ら祐真を知ってるのか?

         はい、お友達です。

景翼     マジかよ。そんな話聴いたことねーぞ。あいつも中々隅に置けねーなぁ。しかも隠してるなんて水臭ぇー。

         祐真さん、景翼さんに私たちを会わすと面倒になるから、って会わせないようにしてましたよ。

景翼     呼び捨てで良いって。

         ・・・景翼・・・ですか?

景翼     そうそう。

         ・・・んー、何だか抵抗が有ります。さん付け、させて下さい。

景翼     ・・・まぁ、良いよ。年上とか呼び捨てし辛いしな。

         えぇ、そうですよね。

景翼     しかし、祐真もなぁ・・・。何が面倒になるんだろうな。さっきのことの方がよっぽどオレには面倒だったよ。

キィ     さっきのこと・・・?

景翼     いや、気にしないでくれ。何でもねーんだ。

         何か気になりますけど、まぁ、良いです。

景翼     ん、OK。物分りが良くて助かるな。

         いえいえ。どういたしまして。

景翼     ところで、あんたらはどうやって入ってきたんだ?

         入ってきたというか・・・、景翼さんが来る前から入ってて、来た時にベランダに隠れてたんです。

景翼     ・・・ベランダ?

         はい、そうですよ。そっちのベランダです。

景翼     変だな・・・。

キィ     何がですか?

景翼     オレも一時ベランダに居たんだ。その時オレの他には誰も居なかったんだが・・・。

キィ     え?

         あ・・・。

景翼     なるほど、それでか・・・。オレがベランダから戻った時に祐真が怪訝な顔をしていたのは。・・・・・・で、あんたらはその時どうやって隠れてたんだ?

         えーと・・・、隠れてたと言うよりも、違う場所に行っていました。

景翼     何処に?

         ・・・内緒です。

景翼     ・・・・・・気になるな。まぁ、教えてはくれないんだろうがな。

         はい、ごめんなさい。

景翼     いや、別に良いけどな。

 

 景翼のケータイが鳴る。

 

景翼     あ、悪ぃ。

 

 景翼、電話に出る。

 

景翼     もしもし。あー、お前んちだよ。は? 意味分かんね。お前が作れって言ったから待ってたのに、何で食って帰るんだよ。あー、まぁ、良いよ。じゃぁ、帰るわ。鍵は開けっ放しで良いのか? あいよ、了解。じゃーな。

 

 景翼、ケータイを仕舞う。

 

景翼     何考えてんだ、あいつ。

         どうしたんですか?

景翼     祐真が飯食ってから帰ってくるってよ。だからオレはお役ゴメンなわけだ。

         何でお役ゴメンなんですか?

景翼     オレはあいつの飯を作る為に残っていただけだからな。それがないならここに居る意味はないんだよ。そうなりゃ帰るに限る。

キィ     もう、帰るんですか?

景翼     あぁ、家でやらなきゃならねーこともないわけじゃないからな。悪いが、オレは帰る。

         そうですか・・・。

景翼     お前らはどうする? 何なら家まで送っていくけど?

         ありがとうございます。でも、もう少しここに居ます。

景翼     そうか。あいつがいつ帰るかは分からねーけど、余り遅くまで待つなよ。頃合見計らって帰れ。

         ・・・はい。

景翼     じゃぁな。

         さようなら。

キィ     さようなら。

 

 景翼、上手へ捌ける。

 

         ・・・・・・・・・・・・。

キィ     ・・・・・・・・・・・・。

 

 2人、メモ用紙を取り出して、何かを書く。(字を書くのは悠)

 

 2人、部屋に一礼して上手へ捌ける。

 

 間

 

祐真     ただいま〜。

 

 祐真、上手から登場。

 紙袋と、晩飯が入ったコンビニの袋、ケーキの箱を持っている。

 

祐真     おーい、天羽、キィ、何処に居るの? 友達もう帰ったから出てこられるよ。約束のパーティするよ。

 

 祐真、暫く2人を探す。

 が、見つからない。

 

 祐真、テーブルの上のメモ用紙に気付く。

 

祐真     ・・・2人から?

            「ごめんなさい、勝手ですが帰らせて頂きます。明日から、数日来られません。でも、また2人で遊びに来ます。今度はご友人も紹介してくださいね」

 

 祐真、用紙を裏返す。

 

祐真     P.S.せっかく誘ってくれたのに、パーティできなくて残念です。また、今度しましょう」

            ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ゴメン・・・。

 

 祐真、項垂れる。

 

 暗転

 

 

 

3

 明転

 

 部屋には祐真が居る。

 祐真、部屋の片付けをしている。

 

 押入れの奥の方から白い冊子を見つける。

 

祐真     何だろう・・・? ノート・・・?

 

 祐真、冊子を開いてみる。

 

祐真     14日、晴れ後曇り。13時〜17時。今日は寝正月でした。寝て、起きて、みかん食べて、寝て、起きて、みかん食べて・・・の繰り返しでした。手が黄色くなりました」

            ・・・日記・・・かな。誰のだろう?

 

 祐真、ページをぱらぱらと捲る。

 途中で止まる。

 

祐真     あれ? ここから白紙。・・・・・・う〜ん。日付は飛び飛びで書いてあるし、55日で止まってるし。しかも、何だか書き掛けっぽいな・・・。・・・ん? 何だろう、これ。黒い染みが在るけど・・・。・・・・・・何か分からないけど、取り敢えず置いておこう。

 

 祐真、冊子を押入れに入れる。

 

祐真     ん?

 

 祐真、押入れから切れたピンクの首輪を取り出す。

 

祐真     首輪・・・? ここって動物OKなのかな? この大きさからして、恐らく猫用の首輪だね。・・・何でこんなところに在るんだろう? さっきの冊子と言い、この首輪と言い。

 

 祐真、首輪を押入れに入れる。

 

祐真     押入れの中はもう良いかな。うん。よし、片付け終了!

 

 祐真、掃除用具を片付ける。

 

 インターホンが鳴る。

 

祐真     ん? はいよ、今出まーす。

 

 祐真、上手に捌ける。

 間もなく戻ってくる。

 希望、付いてくる。

 

希望     お邪魔しまーす。

祐真     お邪魔されまーす。

希望     連絡なしで訪問しちゃって悪いね。

祐真     余り悪いと思ってないよね。

希望     そんなことないよ。しっかり反省したよ。3秒くらいは。

祐真     うん、短いね。・・・何か飲む?

希望     梅酒のソーダ割。

祐真     うーん、梅酒はあるけど、ソーダはないな。

希望     梅酒は在るの!?

祐真     うん、姉さんがお酒類勝手に置いていくから。

希望     あー・・・、分かる気がする・・・。アヤちゃんだからなぁ・・・。

祐真     ・・・ん? でも、星月さんってまだ未成年だよね?

希望     まぁ、19だからね。そうなるね。

祐真     じゃぁ、お酒飲めないよね。

希望     法律上はね。でも、もう既に飲んだことあるけどね。結構。

祐真     法律違反だよ、普通に。

希望     大丈夫大丈夫。バレなきゃOKだって。

祐真     そうかなぁ・・・。

希望     そうなの。

祐真     でも、さすがにここでお酒は飲ませられないよ。

希望     分かってるって。冗談で言っただけだから。えーと、飲み物は何が在るの?

祐真     緑茶、紅茶、コーヒー、それからジュースが数種。あ、牛乳も在るな。

希望     ジュースが数種って、例えば何が在るの?

祐真     スポーツドリンクとか、りんごとか、桃とか、ブドウとか。あ、オススメはカルアミルク。

希望     ・・・あのさ。カルアミルクはお酒なんだけど。

祐真     え、そうなの? 普通に美味しいからコーヒーとか、紅茶とかの親戚かと思ってた。

希望     違うよ。・・・ってことは渡水君もお酒飲んでるってことになるよね。

祐真     お酒と認識してなかったから飲んでないのと同意だよ。

希望     屁理屈。

祐真     仕方なかったってことで。冷蔵庫見てくると良いよ。好きな飲み物取って良いから。

希望     了解。

 

 希望、上手に捌ける。

 ジュースを持って間もなく出てくる。

 

希望     ・・・あの冷蔵庫は余り人に見せない方が良いよ・・・・・・。

祐真     え? 何で?

希望     鏡の言葉を借りれば、パラレルワールドだから・・・。むしろ、ジャングル? アマゾン? 小宇宙?

祐真     今凄く失礼なこといってるっていう自覚在るかな?

希望     あぁ・・・、ごめんなさい。ただ1つだけ言わせて。・・・卵10個分くらいは有りそうな解き卵をボールに入れて保存しておくのは、止めた方が良いんじゃないかな。

祐真     それは料理する時の手間を削減する為に。

希望     あんなに大量に使うことなんてないよね。

祐真     小出しにして使ってるから。

希望     あー・・・そう・・・。アヤちゃんもそうだけど、一人暮らしは苦手なタイプだよね。

祐真     ・・・そうかなぁ。

希望     大学が始まってから1週間経ったけど、どう? 少しは慣れた?

祐真     うん、ぼちぼち。

希望     よしよし。ならOK。お姉さん一安心だ。

祐真     お姉さんって?

希望     勿論あたし。

祐真     ・・・・・・。

希望     ・・・何?

祐真     何も言ってないけど。

希望     視線がじとーっとしてた。

祐真     星月さんは、姉的な存在というよりは頼りになる親友って感じかな。

希望     ・・・・・・・・・。渡水君って、偶に恥ずかしい台詞を恥ずかし気なく言うよね。

祐真     ・・・今のって恥ずかしい言葉だった?

希望     ・・・あたしは恥ずかしかった。

祐真     うーん・・・、そんなつもりはなかったけど。

希望     分かってるよ。渡水君はホントにアヤちゃんに似てるよ・・・。

祐真     姉さんとねぇ・・・。余り言われないかな。

希望     単に言う人が少ないだけだろうけど。

祐真     んー・・・。ん? そう言えば、今日は何か用事があるの?

希望     ・・・特に有るわけじゃないけど・・・、大丈夫かなー、と思って。

祐真     いや、普通に大丈夫だけど。何で?

希望     ・・・・・・何となく。こう、何かに襲われてやしないかな、って。

祐真     姉さんや景翼には偶に襲われるけど。しかも、あの2人付き合いだしてからはグルになって襲ってくるんだよね。勘弁してほしいよ・・・。

希望     あの2人、上手くやってるんだ?

祐真     結構良い感じなんじゃないかな。元々馬が合いそうな気はしたし。

希望     そう。なら良かった。

 

 少し間

 

祐真     ・・・・・・話は変わるんだけど。

希望     何?

祐真     このアパートって、ペット飼えるの?

希望     んー、基本無理だよ。・・・え、何? 何か飼いたかったの?

祐真     いや、そういうわけじゃないよ。ちょっと気になっただけ。

希望     ・・・他の部屋で飼ってる人を見かけた、とか?

祐真     いや、見たことないよ。

希望     そう、なら良かった。説得って面倒なんだよね。

祐真     過去に飼ってる人が居たの?

希望     そう。室内で小型犬飼っててさ。静かならまだ良いんだけど、そいつが煩くて。近隣住民から反感を買ってたよ。で、飼い主がまた頭の固いやつで。あー、もう! 思い出しただけで腹が立ってくる!

祐真     大変だね、大家さんも。

希望     大変だよ、ホントに。

祐真     過去に飼われてたのはそれだけ? この部屋とかはないの?

希望     あたしが大家を始めてから、確認しているのはそれだけだよ。それもこの部屋ではなかったし。もしかしたら未確認だったものも在ったかも知れないけど。

祐真     星月さんが大家を始める前のことは分かる?

希望     まぁ、少しなら。

祐真     このアパートで猫を飼ってた人、とか居る?

希望     猫・・・は、ないと思うなぁ・・・。

祐真     そうか。

希望     あ! でも、住人は飼ってはないけど出入りはしてたよ。丁度この部屋。女の子が猫を連れてよく上がり込んでた。

祐真     それって、いつ頃の話?

希望     ・・・確か・・・、丁度アヤちゃんがここに居た時くらいかな。その頃はアヤちゃんがうちに来ることの方が多くて、アヤちゃんもその子の話は余りしなかったから、その子のことはあたしは余り分からないけどね。っていうか、アヤちゃんは隠してたみたいだったし。女の子が出入りしていることを。

祐真     名前とか分からないかな?

希望     うーん・・・、分からないなぁ。ただ、その子が行方不明になったらしいってことは聴いたことがあるけど。風の頼り程度にね。

祐真     行方不明・・・? 見つかったの?

希望     さぁ? どうだろう。そこまでは分からない。でも、彼女が来なくなったのがショックだったのか、アヤちゃんがその後珍しく寝込んだからね。

祐真     へぇ・・・、初耳。

希望     そんなことアヤちゃんが言うわけないからね。弱いところを見せたがらない人でしょ、アヤちゃんは。

祐真     まぁ、確かにね。・・・・・・ありがとう。参考になったよ。

希望     参考って?

祐真     さっき押入れの中片付けてたら首輪が在ったから。多分猫の首輪。

希望     押入れの中? ・・・住人が交代する時には、業者側でちゃんと片付けしてるんだけどな・・・。

祐真     どこかに隠れてて、ひょんなことで出てきたんじゃない?

希望     んー、そうかも。・・・ところでさ、あの女の子、誰?

 

 希望、ベランダ(下手)を指差す。

 祐真、そっちを見る。

 

祐真     え? ・・・え、ちょ、え? 何で?

 

 キィ、下手より登場。

 

キィ     こんにちは。お邪魔します。

祐真     え? ちょっと待って、ちょっと待って。・・・いつから居たの? いや、いつの間に居たの?

キィ     ・・・いつの間にでしょう。

祐真     どうやって入ったの?

キィ     ただ、普通に。

祐真     普通に入って、何でベランダからこんにちは、なの?

キィ     隠れてました。

祐真     いつから?

キィ     ・・・少し前。

祐真     何で?

キィ     入り難い雰囲気だったので。

祐真     あー・・・、さいで・・・。

希望     で、結局どちら様?

祐真     あー、偶に家に遊びに来る、鍵 小苗さん。キィって呼んであげて。

希望     キィ? 鍵だから?

キィ     ・・・はい。

希望     ・・・ほほぉ、女を隠し持っていたとは、お主も隅に置けんのぉ。

祐真     そういうわけじゃないけど。・・・それ、姉さんの真似?

希望     うん、そう。

祐真     今日はキィ1人?

キィ     今はわたし1人です。1人で来たい気分だったので。

希望     他にも居るの?

祐真     もう1人、頭の螺子が数本飛んだ子がいる。

希望     ・・・余り遭遇したくないかも・・・・・・。

キィ     多分わたしを探してその内やってくると思いますけど。

希望     じゃぁ、その前に退散しておくかな。

キィ     あ、待ってください。その前に、お名前、宜しいですか?

希望     わたしの名前?

キィ     はい。

希望     ・・・・・・山田太郎。

キィ     山田太郎さんですね。分かりました。太郎さん、で良いですか?

希望     待てーい! 突っ込めよ! ボケ殺しかよ! 寂しいわ!

キィ     え? はい? あう・・・、ごめんなさい。

希望     ・・・まぁ、良いけど。あたしの名前は、星月 希望。

キィ     え!? 山田太郎さんじゃなかったんですか!?

希望     はいぃ? まさか本気で山田太郎だと思ってたの?

キィ     はい・・・。だって、そう言いましたから。

希望     何であたしの名前が太郎じゃないといけないの? それともあたしが男に見える?

キィ     ・・・見えないです。

希望     だったら山田太郎があり得ないっていうのはすぐに分かるでしょ?

キィ     でも、名前訊いたらそう答えてきたから、そうなのかと思いまして・・・。珍しい名前だなって思ったんです。

希望     ・・・・・・渡水君・・・、この子も大概螺子が飛んでるよ?

祐真     ・・・まぁ、企業秘密を略して機密って言うくらいだからね。

キィ     いいじゃないですか! そんなのよくあることですよ! 後で調べてちゃんと分かりましたもん。

祐真     調べるのは偉いな。

キィ     エッヘン!

祐真     元が元だからプラマイ0くらいだけど。

キィ     何でそこで落とすんですかー!

 

 インターホンが鳴る。

 

キィ     う?

希望     げ、来た?

祐真     はいよー。今出まーす。

 

 祐真、上手へ捌ける。

 間もなく出てくる。

 恵雫、出てくる。

 

希望     あれ? アヤちゃん!

恵雫     あー、ノンちゃん来てたのね。

祐真     姉さん、今日は景翼と約束してたんじゃなかったっけ?

恵雫     そうだけど、まだ少し時間があるから、景翼君の家に行くついでに寄ったのよ。

希望     え? なになに、デート?

恵雫     ふふふ、そんな感じかなぁ。

希望     おー、良いね良いね! しかも今日は絶好のデート日和だし。 ねぇ、何処行くの?

恵雫     シークレットでーす。

希望     えー、教えてくれたって良いでしょ。

恵雫     ダーメ。

希望     何でさ?

恵雫     ノンちゃんに教えたら、追い掛けてくるでしょう。高校の時とか酷かったし。

希望     ちょっとした好奇心ってやつだよ。

祐真     高校の時は持ててたんだね、姉さん。

恵雫     まぁね。って、どういう意味よ、それ。・・・あら?

 

 恵雫とキィ、目が合う。

 キィ、視線を逸らす。

 

恵雫     えーっと・・・、彼女は?

祐真     小苗さん。俺の友達だよ。キィって呼んであげて。

恵雫     ・・・キィ・・・・・・?

祐真     鍵だから、キィ、らしいよ。

恵雫     そう・・・。

希望     気を付けて、アヤちゃん。あの子の頭の中はパラレルワールドだから。

祐真     それ、気に入ってるの?

希望     何か、使い勝手が良い。

恵雫     ・・・こんにちは、初めまして、キィ。

キィ     ・・・こんにちは・・・。

恵雫     私は渡水 恵雫。祐真の姉よ。よろしくね。

キィ     ・・・よろしくお願いします・・・。

 

 恵雫、キィの頭を撫でる。

 

希望     んー、大人の雰囲気に飲まれてるんじゃない? キィ。

祐真     元々人見知りは激しいみたいだからね。景翼が嘆いてたよ。

希望     ん? 鏡は彼女のこと知ってるの?

祐真     うん。前俺が留守にしてる間に会ったってさ。それからも1回会ってるし。「オレに教えてないなんて卑怯だ」、とか言ってたよ。

希望     ふーん、そう。でも、鏡ってこういう子とか苦手そうなイメージが有るけど。

祐真     あいつは人の面倒を見るのは好きだし、上手いよ。

希望     へぇ、意外。

恵雫     さてと、私はそろそろ行こうかな。

祐真     ん。下まで一緒に行くよ。

恵雫     あら、何で?

祐真     この前車の中に忘れたCD返してもらう為。

恵雫     そう言えば、あったわね。忘れてたわ。

祐真     てなわけで、少し留守番しててね。

希望     了解。いってらっしゃい。

恵雫     行ってきます。

祐真     行ってきまーす。

 

 祐真と恵雫、上手へ捌ける。

 

キィ     ・・・・・・希望さん。

希望     ん? 何?

キィ     恵雫さんって・・・怖い・・・ですか?

希望     何で? 全然怖くないけど。むしろ凄く優しいよ。

キィ     そうですか・・・。

希望     どうしたの? アヤちゃ・・・恵雫ちゃんが怖かった?

キィ     ・・・そうじゃ・・・ないですけど・・・。

 

 インターホンが鳴る。

 

希望     ありゃ、早い。もう帰ってきたよ。はいはーい、今開けますよー。

 

 希望、上手へ捌ける。

 

キィ     ・・・普通家主がインターホン鳴らすかな・・・・・・?

希望     だだだだだだだだだだだ、誰だぁ!?

 

 希望、台詞を言いつつ、後ろ向きに小走りをしながら出てくる。

 悠、ゆっくりと上手より登場。

 

キィ     あ! 悠ぁ!!

         キィ発見!!

 

 2人、走り寄って抱き合う。

 

希望     はい?

         探したよぉ。心配掛けさせないでよね。

キィ     ごめんなさい。1人になりたい気分だったの。

         でも、私は1人は嫌だった。

キィ     わたしも1人でいると心細くなってきたの。

希望     え? 何これ? え?

キィ     悠ぁ、悠ー!!

         キィーー!!

希望     ・・・・・・え? あのー。これはどうすれば・・・。

 

 悠、希望の方を見る。

 

         祐真さん、キィを保護してくださってありがとうございました。

希望     え?

         おかげでキィと再会することができました。もう、感謝の気持ちでいっぱ・・・・・・祐真さんじゃない!!?

希望     えぇ、そうですけど・・・。

         祐真さんは何処ですか? あなた、祐真さんを何処に隠したんですか!?

希望     いや・・・、ただ、外に出てるだけですが・・・。

         追い出したんですか!? 酷いですよ、あなた!!

希望     うわぁ〜・・・、これが螺子飛び片割れかぁ・・・。これは電波だよ。

         私は電波じゃありません!!

希望     うん、分かった。分かったから。取り敢えず落ち着こう。はい、深呼吸。

 

 悠、希望に合わせて深呼吸をする。

 

希望     はい、落ち着いた?

         ・・・はい。

希望     よし。取り敢えず簡単に説明すると、祐真は用事で今少し出ているの。でも、多分すぐに戻ってくると思うよ。

         ・・・そうですか・・・。・・・先ほどはお恥ずかしいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした。

希望     ん? う・・・ん・・・。別に、良いよ。うん。

         本当にすみません。

希望     うん、大丈夫だから。

祐真     ただいま〜。(袖から)

希望     あ、おかえり〜。

 

 祐真、上手より登場。

 

キィ     おかえりなさい。

         おかえりなさい!

祐真     ・・・増えてる!?

         祐真さん、キィを保護してくださってありがとうございました。

祐真     は、はぁ・・・。・・・・・・何のこと?

希望     キィがここに居た=保護してくれていたってことだと思うよ。でも保護って・・・。

         あ。遅れましたが、初めまして。私は天羽 悠です。

希望     あー、初めま・・・・・・。ん? えーっと、そういえば何処かであったことなかったっけ?

         え? ないと思いますよ。初対面の筈です。ね、キィ。

キィ     うん。

         私もキィも人の名前と顔はすぐ覚えられるので、それは間違いないですよ。

希望     ・・・それ、どこかで聴いたことある・・・。っあー、祐真の特技。

祐真     あれ? 特技なの、それ?

希望     あの時もそう言ったと思うけど。

祐真     そうだったっけ?

希望     そうだったよ。

         あの・・・。

希望     ん? ・・・あぁー、ごめんなさい。えっと、あたしは星月 希望。よろしくね。

         よろしくお願いします。

希望     あたしはここの大家をしているから、ここで遊んでいて何かあったら何でもどうぞ。

         大家さんなんですか。

希望     厳密に言うとそうじゃないんだけどね。親から頼まれてやってるんだ。まぁ、それなりに楽しんでるけどね。

         ヘー、凄いです。仕事を楽しみながらできる人って、憧れます。

希望     ふふ、ありがと。でも、それは仕事が自分に合っているかどうかにもよると思うけどね。あたしの場合、大家の仕事が上手く合ったっていうだけで、他の仕事をしたら中々楽しみながらはできないと思うし。自分に合った仕事を見つけることの方が重要かもね。

         おー、大人っぽい意見ありがとうございます。

希望     いえいえ、どういたしまして。ところで、さっきからキィが豪く静かだけど。

祐真     寝てるみたいだな。

         多分、私と会えて安心したら、それまでの疲れが一気に来たんだと思います。今日はもう連れて帰ります。

祐真     帰れるの? 一緒に行くよ?

         大丈夫です。帰れますよ。

希望     女の方が良いならあたしが行くけど。

         ありがとうございます。でも、大丈夫ですから。

希望     そう。無理はしないようにね。

         はい。・・・キィ、起きて。

 

 悠、キィを起こす。

 

         ここで寝るよりも、帰ってから寝よう?

キィ     ・・・うん。

         立てる? 歩ける?

キィ     うん。

 

 2人、上手の方へ行く。

 

         それでは、これで。お世話になりました。お邪魔しました。

キィ     ありがとうございました。お邪魔しました。

 

 2人、上手へ捌ける。

 

希望     ・・・大丈夫なのかな?

祐真     いっつもだよ。

希望     え?

祐真     いっつも断るんだよ。一緒に帰ろうか? っていうと、大丈夫です、って。

希望     まぁ、女の子だからね。自分の家を知られたくないっていうのもあるんじゃない?

祐真     そういうもんなのかね。

希望     そういうもんなのです。・・・・・・さぁて、そろそろあたしも帰ろうかな。渡水君の無事も確認できたし。

祐真     何それ?

希望     そのままの意味だよ。家事のできない渡水君ならもしかしたらノタレ死んでいる可能性もあるし。

祐真     それは笑顔で言うべき言葉ではないと思うけど。

希望     気にしない気にしない。生きてるからネタで済むんでしょ。生きてることに感謝だよ。

祐真     ・・・さいで。

希望     というわけで、あたしはこれで消えるよ。

祐真     はい、どうぞ。

希望     ・・・もっと別れを惜しむくらいしてくれれば良いのに。

祐真     面倒臭い。

希望     もしかしたら、もう会えなくなる可能性だって無きにしも非ずだよ。

祐真     別れを惜しんでほしいなら、その時が来るまで会うことができる環境にいれば良い。それだけだよ。

希望     むぅ・・・。分かった、いつか絶対大泣きで別れの言葉を言わさせてやる。

祐真     だからって、死ぬなよ。

希望     死なないよーだ! こんなことの為に死んでたまるか!

祐真     ・・・・・・。

希望     ・・・どうしたの?

祐真     さっきの会話の中でどれだけこの先の俺らの死を醸し出す言葉が出ただろうな・・・。

希望     俗に言う、フラグってやつ?

祐真     そうそう。

希望   でも、それってお話の中のことでしょ? 現実ではそこまで当てにならないよ。

祐真     ・・・まぁな。

希望     ・・・はいはいはいはい! 暗い話はおしまい! あたしは帰る!

祐真     はーいよ。またな。

希望     またね。

 

 希望、上手へ捌ける。

 

 祐真、特に目的もなく、部屋を歩く。

 以前のメモ用紙が目に付く。

 それを手に取る。

 

祐真     そう言えばこのメモ、捨ててなかったな・・・。パーティはできなかったけど、プレゼントは渡すことができたし。まぁ、良かった・・・かな? ・・・・・・ん?

 

 祐真、押入れの中の冊子を取り出す。

 それを捲って、適当なページを開く。

 

祐真     この字体・・・。これって・・・同じ・・・。

 

 暗転

 

 

 

4

 明転

 

 祐真、テーブルで例の冊子を見ている。

 

祐真     やっぱりそうか。天羽が俺の家に来た日付の日記しかない。天羽が俺の家に来た時に書いてるのかな・・・? でも、既に55日まで書かれてるし。それに、書いてる内容だって実際にあったことと少し違う・・・。んー・・・。

 

 祐真、冊子を閉じる。

 

祐真     1人で考えても分からないし、誰か呼ぼうかな。話し易い相手は・・・。姉さん・・・は、またデートか。休日の度に・・・。じゃぁ、景翼も無理・・・。・・・一応このアパートのことでもあるし、星月さんかな・・・。

 

 祐真、希望に電話を掛ける。

 

祐真     もしもし。いや、ちょっと話したいことがあるんだ。大丈夫? それはこっちに来た時に言うよ。はい、じゃぁ、待ってるよ。

 

 祐真、ケータイを仕舞う。

 お茶の準備を始める。

 

 インターホンが鳴る。

 

祐真     はいよー。

 

 祐真、上手に捌け、間もなく出てくる。

 希望、続いて出てくる。

 

祐真     ゴメンね、態々来てもらって。

希望     別に、大丈夫だよ。丁度暇してるところだったし。

祐真     取り敢えず、座って。

希望     ん、ありがと。

 

 祐真と希望、テーブルに着く。

 

希望     で、話って何?

祐真     これを見てほしいんだけど。

 

 祐真、希望に冊子を渡す。

 

祐真     これに見覚えはない?

希望     ・・・ないな。んー、見た感じ日記みたいだけど。

祐真     多分日記で合ってるよ。

希望     これ、どうしたの? 祐真のじゃないよね。

祐真     違うね、俺のじゃない。押入れに入ってたんだよ。前の首輪みたいに。

希望     これも? ・・・業者の不手際かな。それじゃぁ、誰のか分からないってこと?

祐真     んー・・・。どうだろう・・・。

希望     「どうだろう」って、何か心当たりでも有るの?

祐真     これ見てみて。

 

 祐真、悠が書いたメモ用紙を取り出し、希望に渡す。

 

祐真     字が似てない?

希望     確かに同じ人が書いたように見えるね。これも押入れに在ったの?

祐真     いや、これは天羽が書いたもの。

希望     天羽って・・・えーと・・・、悠ちゃん?

祐真     そうそう。

希望     え? じゃぁ、この日記は悠ちゃんが書いたっていうこと?

祐真     推論に過ぎないけどね。今のところ他の考えが浮かばないんだ。

希望     でも、これが悠ちゃんの日記だとしたら、何でここに在るの?

祐真     んー、それが分からないんだけど。ただ、これは天羽がここに来た日にしか書かれてないみたいなんだ。ここで起きたことしか書いてないようだし。

希望     なるほど、それで日付が飛び飛びなんだ。

祐真     あと、それぞれの日記の初めに時間が書いてあるよね。何時から何時まで、って。それはこの部屋の滞在時間だと思う。

希望     ということは、悠ちゃんは、この日記を毎回帰り際に書いて帰ってるってことね。

祐真     いや、でもそれだとおかしいんだ。確かに日付は彼女がここに来た日で、時間帯もほぼ同じなんだけど、日記の内容が実際に起きたこととは微妙に違うんだよ。例えば星月さんと天羽が初めて会った日の日記。

希望     「キィが脱走しました。何処を探しても見当たらず、ここが最後だと思って部屋に入ると、キィが居ました。キィは疲れていたようなので、すぐに帰ることにしました。やっぱり一緒に居た方が楽しいです」

            ・・・起こった通りだと思うけど。

祐真     あれ?

希望     確かにあたし達のことが一切書かれてはいないけど、普通にあの日の日記だと思うけどな。

祐真     ちょっと待って、見せて。

 

 祐真、希望から冊子を受け取る。

 

希望     しかも、文章中に『キィ』って出てくるし。これは悠ちゃんの日記で決まりだね。

祐真     んー、確かにこれは実際に在ったことを書いてるな・・・。ん?

希望     どうしたの?

祐真     天気。おかしくない? ここには曇って書いてるけど、あの日は快晴だったよ。

希望     そうだったっけ?

祐真     そうだよ。星月さんが絶好のデート日和って言ってたんだし。

希望     ・・・・・・あぁー、確かに言ったね。うん、快晴だった。

祐真     じゃぁ、これも微妙ではあるけど、違うな。

希望     間違えたんじゃない?

祐真     それじゃぁ、他の部分の事実との差異を説明しきれないよ。

希望     ほら、彼女、電波だから。

祐真     それで済まされようとする天羽も天羽で凄いかもな・・・。

希望     じゃぁ、次来た時に悠ちゃんに渡しておかないとね。

祐真     おかしいのはそれだけじゃないんだけどね。

希望     まだあるの?

祐真     俺は1度も天羽が日記つけてるところなんて見たことないから。

希望     いつもは家で書いてる、とか。

祐真     この日記は、星月さんが天羽に初めて会った日には既に見つけていたんだけど?

希望     むぅ・・・。確かにそれだとさっきの日記が書かれていることに矛盾ができるね・・・。

祐真     それに、この日記は今日以降のことも書かれているし。

希望     え? あ、ホントだ。・・・・・・あれ? ここで終わり?

祐真     55日までしか書かれていないよね。しかもそれ書き掛けみたいだし。

希望     確かに・・・。・・・ねぇ、この染み・・・。

祐真     あぁ、黒い染みだよね。初めから付いてたんだよ。何の染みか分からないけど。

希望     ・・・・・・血痕・・・じゃない?

祐真     え?

希望     血、だよ・・・。これ・・・。

祐真     ・・・血?

希望     ・・・うん。もう時間が経って黒くなってるけど・・・。

祐真     ・・・なんで血が付いてるんだよ・・・。

希望     分からないよ、そんなの。取り敢えず、悠ちゃんに返しておこう。

祐真     いつ来るか分からないけどね。

希望     これを見れば分かるんじゃないかな。

祐真     日記・・・?

希望     今日以降で1番近い日付を探せば。未来日記みたいに次来る日が分かる、とか。

祐真     ・・・そうか! 逆だったんだ!!

希望     え?

祐真     これは過去に書かれたものなんだ。

希望     過去に・・・書かれたもの?

祐真     そう。だから、天羽らが来た日が日記と合っているんじゃなくて、この日記、つまり過去に来た日と同じ日に来てるんだ。

希望     過去に来た日って・・・。じゃぁ、少なくとも1年前からここに来ているってこと?

祐真     そういうことになるね。本人も初めて会った時に「前から来ていた」って言ってたし。

希望     え? でもあたしは会ったことなかったよ。

祐真     でも、少し見掛けたことくらいはあるんじゃない? ほら、天羽に初めて会った時に言ってたよね。何処かであったことなかったか、って。

希望     確かに会ったことが有るような気はしたけど、でもここ数年の内で住人以外でこのアパートに何度も出入りしていたのは、あの猫を飼ってた子・・・。っああーーー!!

祐真     うわっ!? ビックリするよ、いきなりぃ・・・。

希望     そう! その子だよ!! 実際に会って会話はしたことなかったけど、何度も見掛けたよ。

祐真     姉さんが住んでた時によくこの部屋に出入りしてた女の子?

希望     そうそう。

祐真     その子が、天羽?

希望     そうだよ。黒猫抱いてよく出入りしてた。黒猫にピンクの首輪だったから、首輪が凄く目立ってたよ。

祐真     ピンクの首輪? もしかして、これ?

 

 祐真、押入れから切れた首輪を取り出す。

 

希望     そうそう、それそれ。前言ってた首輪ってそれのことだったんだね。

祐真     何でこれまでこんなところに・・・。この押入れ、天羽の私物置き場みたいじゃないか。

希望     途中から首輪見なくなったからどうしたのかな、と思ってたけど、切れてたのか。

祐真     ・・・それがずっとここに在るのも凄いけどね。

希望     悠ちゃんが行方不明になる少し前から、首輪の代わりか猫にチョーカー付けてたよ。確か、3月の終わり頃だったかな。

祐真     3月の終わりから・・・チョーカー・・・?

 

 祐真、冊子を取って中を見る。

 

希望     でも、悠ちゃん無事だったんだ。良かった。

祐真     ・・・・・・再現されてるんだ・・・。

希望     え?

祐真     そうだ・・・姉さんがこの部屋に居た頃のことが、再現されてるんだ。

希望     何言ってるの?

祐真     これは、姉さんがここに住んでた頃に天羽が書いた日記だよ。

希望     そうだよ。さっき同じようなこと言ったでしょ。

祐真     過去の天羽が連れていた黒猫の名前は、『キィ』。・・・あの2人が、今この日記を再現してるんだよ。いや、日記じゃない。過去を再現してるんだ。

希望     ・・・え? どういうこと?

祐真     過去が繰り返されてるんだ。

希望     ・・・でも、それは2人が過去に在ったことと同じようなことをしているだけであって、実際に繰り返されているわけではないよね?

祐真     確かにそうだけど・・・。でも、過去に起きたことがまた起きる可能性は在る。

希望     過去に・・・起きたこと・・・?

祐真     ・・・・・・前から思ってはいたけど、星月さん、何か隠してない?

希望     ・・・何かって?

祐真     このアパートの中で、この部屋だけが安い理由・・・とか・・・。

希望     ・・・・・・。

祐真     小耳に挟んだことだけど、この部屋以外は全部屋同じ家賃らしいね。

希望     ・・・黙秘権を―――

祐真     ダメ。俺はこの部屋の住人として、知る権利が在る。・・・・・・大丈夫だよ。怒ったりしないから。

希望     ・・・・・・言って・・・良いの?

祐真     言ってほしいの。

希望     ・・・分かった。・・・・・・この部屋ではね、人が・・・死んでるの。過去2回。

祐真     ・・・・・・。

希望     それも、・・・一昨年と、去年・・・1人ずつ。・・・丁度、アヤちゃんが抜けた年から。

祐真     ・・・。

希望     ・・・だから、この部屋だけ他の部屋よりも安いの・・・。

祐真     ・・・なるほどね。・・・できれば、もっと詳しく聴かせてもらえないかな?

希望     詳しく?

祐真     死因とか、凶器とか、時期とか。

希望     ・・・死因と凶器と時期・・・。・・・この3つは、2人とも同じなの。

祐真     え?

希望     凶器は、刃物・・・。具体的に何かまでは分かってないけど・・・。死因は、首を切られたことによる失血死。時期は・・・・・・2人とも、55日。

祐真     55日・・・。・・・丁度あの日記が途切れている日・・・。

希望     ・・・関係・・・あるのかな?

祐真     分からない・・・、けど、あの血痕も気になるしね・・・。

希望     何か、怖くなってきた・・・。

祐真     ・・・犯人は? 見つかってないの?

希望     うん。有力な情報も全くないまま今日まで来てる。

祐真     そうか・・・。

希望     ・・・・・・心配なんだ。また、死ぬんじゃないかって・・・。大丈夫かな、って・・・。

祐真     ・・・大丈夫!!

希望     ・・・え?

祐真     56日にも俺は生きてるよ。

希望     ・・・ホントに?

祐真     ホントに!

希望     ・・・根拠は・・・?

祐真     ない!!

希望     ・・・・・・・・・。

祐真     でも、大丈夫だよ。絶対死んだりしないから。

希望     ・・・・・・信じるよ?

祐真     どうぞ。

希望     本当に死んだりしないでよ・・・。

祐真     うん。

希望     ・・・・・・・・・・・・。

祐真     ・・・・・・・・・・・・。

 

 ケータイが鳴る。

 2人、驚く。

 鳴っているのは希望のケータイ。

 希望、電話に出る。

 

希望     もしもし。はい、そうです。はい。はい。え、今からですか? いえ、大丈夫です。はい。はい、分かりました。すぐ行きます。

 

 希望、ケータイを仕舞う。

 

祐真     住民がお困り?

希望     うん。行かなきゃいけなくなったから。ゴメンね。

祐真     いや、大丈夫だよ。

希望     ・・・絶対・・・死なないでね。

祐真     うん。

希望     またね。

祐真     うん、また。

 

 希望、上手へ捌ける。

 

祐真     ・・・・・・・・・ホントに・・・、何の根拠もないけどね・・・。

 

 祐真、冊子を押入れに入れる。

 

祐真     ん?

 

 祐真、冊子をテーブルの上に置く。

 押入れの中を覗く。

 

祐真     何だろう・・・。微妙な隙間が在る・・・。

 

 祐真、天井を引っ張る。

 

祐真     あ、抜けた。

 

 押入れの天井が抜けて、そこに穴ができる。

 

祐真     ・・・穴が空いたけど・・・・・・、隠し倉庫・・・?

 

 祐真、そこを覗く。

 

祐真     うああっ!!?

 

 祐真、その場を離れる。

 

祐真     え? え? え? 何で? え? 骨? ・・・え、ちょっと待って・・・。

 

 祐真、もう1度穴の中を見る。

 

祐真     ・・・・・・。

 

 祐真、中に在るものを取り出す。

 骨の一部。

 祐真、うろたえる。

 

祐真     人の骨だよね、これ・・・。え? 本物・・・? え? 待って待って、何でこんなところに?

         こんにちは、祐真さん!!

祐真     うわあっ!!?

 

 悠、いつの間にか上手口のところに居る。

 

         えへへ、驚きました?

祐真     ・・・色んな意味で吃驚だよ。

 

 祐真、骨を押入れに入れて閉める。

 

         作戦成功!

祐真     作戦成功って・・・、また勝手に上がり込んで。

         大丈夫ですよ。ちゃんとお邪魔しますって言いましたから。心の中で。

祐真     聴こえなきゃ意味ないだろう。そもそも、まずインターホンを鳴らそう。

         インターホン鳴らしたら驚かすことができません。

祐真     しなくて結構。

         昨日の夜から考えていたのですから、やらない手はないじゃないですか。

祐真     あのねぇ・・・。・・・そういえば、キィは?

         あれ? 来てませんか? 先に行っておいてと言ったんですけど。

祐真     来てないよ。それにキィが来てたらそこまで驚かなかったよ。

         ・・・確かにそうですね。でも、それならキィは何処に行ったのでしょう?

祐真     さぁね。その辺を散歩でもしてるんじゃない?

         うぅ・・・、飼い主の言うことに逆らうとはぁ・・・。

祐真     あ、そうだ。天羽、これ天羽のだよね?

         え?

 

 祐真、冊子を悠に渡す。

 

         あああああ!! そうですよ!! 私のです!! なくしちゃって一体何処に行ったのかと思っていました!!

祐真     やっぱりね。天羽のじゃないかな、と思ったんだ。

         よく分かりましたね。・・・って、もしかして中身見ました?

祐真     見てないよ。

         嘘です! 絶対見ましたよね! じゃないとこれが私のだなんて分かる筈ないですから!!

祐真     ・・・うん、ごめん、見たよ。

         どれくらいですか!

祐真     確認する程度に・・・。

         曖昧過ぎです! どこからどこまで見たんですか!?

祐真     ページが開いたところを無造作に。

         嘘です! 絶対しっかりじっくり見てますよね!!

祐真     うん、最初から最後まで。

         うあああああん!! 酷いですーーー!! 女の子の日記を見るなんて最低ですよ!!

キィ     どうしたんですか?

祐真     うわっ!?

 

 キィ、いつの間にか上手口に居る。

 

         酷いんだよ、祐真さん。私の日記勝手に読んだの。しかも全部。

祐真     全部じゃないけど・・・。

         ほら、こうやって嘘吐くのーーー!

祐真     いや、これは嘘じゃないから。

         もう祐真さんなんて信じません!!

祐真     ・・・・・・。キィ、このダメな飼い主を何とかしてくれないかな?

キィ     ・・・。悠、過ぎたことをどうこう言っても仕方ないよ。

         そんなの、分かってるもん。

キィ     ほら、おいで、慰めてあげるから。

 

 悠、キィの元へ行く。

 キィ、悠を抱きしめて、頭を撫でる。

 

キィ     すみませんが、祐真さん、一応悠に謝ってあげて下さい。

祐真     ・・・・・・悪かったよ・・・。

キィ     ほら、祐真さんも謝ってくれてるよ。だから、ね。許してあげよ。

         ・・・・・・・・・・・・うん。

キィ     それに、悠もちょっと言い過ぎちゃったかな。だから、悠も謝ろうね。

         ・・・・・・・・・うん。・・・・・・ごめんなさい。

キィ     はい、よくできました。後は、2人で仲直りの握手して。

祐真     ・・・・・・。

         ・・・・・・。

 

 祐真と悠、握手。

 

キィ     はい、仲直り。

祐真     ・・・・・・キィって、ペットにしておくには勿体無いよね・・・。

キィ     そうですか?

祐真     保育士とか向いてそう。

         まるで私が保育園児みたいな言い方しなでください。

祐真     そういう意味で言ったわけじゃないよ。純粋な感想。

キィ     ありがとうございます。

         じゃぁ、私は何に向いてそうですか。

祐真     え?

         私に向いているものって何ですか?

祐真     ・・・え? それは・・・・・・。

         ないんですか?

祐真     ・・・あー、あるにはあるよ。でも言わない方が良いから・・・。

         何なんですか? 気になります。教えてくださいよ。

祐真     じゃぁ、言うけど・・・。・・・電波少女。

         私は電波じゃありません!!

キィ     祐真さん、宥めた傍からまた爆発させないでください。

祐真     だって、向こうから聴きたいって言ってきたから。

キィ     そう思わせるような言い方したんじゃないですか。

祐真     いや、面白いかなぁ、と。

悠・キ   面白くありません!

祐真     おぉ。

         大丈夫ですよ。私には私の生き方が在りますから。自分で向いているものは自分で探します。

祐真     ・・・それが良いよ。

         そう言えば、何でキィは遅かったの?

キィ     途中でチョーカーが落ちそうになって・・・。ちょっと止め具が弛んでるみたい。

         そうかぁ。帰ったら直そうか。

キィ     うん。

祐真     あ、そうだ。チョーカーで思い出したけど。

キィ     何ですか?

 

 祐真、押入れから首輪を取り出す。

 

祐真     これ、キィの?

キィ     あ!!

         え!?

キィ     すみません、ありがとうございます。

祐真     やっぱりね。2人とも忘れものし過ぎ。

         ・・・・・・何で知ってるの?(いつもとやや雰囲気が違う)

祐真     え・・・?

         何でキィが首輪をしてたことを知ってるの? 何でその首輪がキィのだって知ってるの?

祐真     ・・・え? それは・・・。・・・日記読んだから・・・。

         何で日記読んだだけで、これがキィの首輪だって分かったの? 日記の中にはどんな首輪か書いてなかったんだよ。

祐真     ・・・、星月さんに聴いたんだよ。キィはチョーカーする前はピンクの首輪してたって・・・。

         何で星月さんが知ってるの? 星月さんとはこの前初めて会ったんだよ。

祐真     それは、・・・彼女は数年前から天羽たちを見掛けてたから。

         数年前・・・?

祐真     そうだよ・・・。猫のキィを抱いて姉さんの部屋に行ってるのを何度も見掛けたって。

         そうなんだ・・・。

祐真     天・・・羽?

         ・・・あは、あはは、あははははははははははははははははは!!!

祐真     天羽!?

         あはは、そうかぁ・・・、知られちゃったかぁ・・・。

祐真     え?

 

 悠、カッターを取り出す。

 刃をゆっくりと出す。

 

         知られたなら・・・消すまで!!

祐真     え、ちょっ!?

 

 悠、祐真に襲い掛かる。

 

         消えろ! 弟!!

祐真     うっわ、危ねっ!!

 

 祐真、回避する。

 

         キィ、手伝え!!

 

 キィ、弾かれたように動く。

 祐真を引っ掻きに掛かる。

 祐真、回避。

 

祐真     待て待て待て待て! 落ち着け!! 危な過ぎる!! 殺す気か!?

         当然だよ。殺す気なんだから。

祐真     待てって!! 何なんだよ!!?

 

 悠、祐真に攻撃。

 祐真、回避。

 刃、押入れに突き立つ。

 

         くっ!

 

 悠、刺さった刃を抜こうとする。

 が、その内動きが止まる。

 

         ・・・これ・・・。

 

 悠、押入れに入った人骨の一部を手に取る。

 カッターから手を離す。

 

         これ、・・・私・・・。

祐真     え?

         これ、私の体の一部・・・。

祐真     ・・・え?

 

 少しの間

 

         ・・・ずっと探していたんです。私の、身体を。もう、多分朽ちてると思うけど。漸く見つけることができた・・・。

祐真     ・・・え? どういう・・・こと?

         死んだ私の身体を、ずっと探していたんです。

祐真     死ん・・・だ?

         はい。・・・ここまでは、知らなかったんですか?

祐真     ・・・冗談、じゃなくて・・・?

         冗談なんかじゃありません。3年前の55日に、私は死んでいます。

祐真     3年前の、55日・・・?

         そうです。日記に黒い染みが在りましたよね。あれは、私の血です。

祐真     え? 待って、じゃぁ、今俺の目の前に居る天羽は?

         所謂、幽霊・・・だと思います。

祐真     幽霊って・・・。そんなの嘘だろ?

         さっきも言いましたけど、嘘や冗談ではありません。

祐真     でも、俺は今まで幽霊なんて見たことないし。

         飽くまで『今まで』ですよね? 過去の事象が現座に当てはまるとは限りません。私が既に死んでいることは事実です。ならば、今現在祐真さんの目の前に居る私は幽霊である、と考えるのは間違いではないと思います。

祐真     待って、おかしいよ! 君は、全然幽霊らしくない。

         ・・・幽霊らしいって、何ですか? 人から見えないこと? ものをすり抜けること? 冷たいこと? 怖いこと? ・・・そんなの、人間が作った理論です。

祐真     ・・・そうかも知れないけど。

         ただ、私は、自分の鼓動を感じることができません。実体を持ったままこの部屋を出ることができません。そして、その日記に書いている時間帯しか、実体を持つことが許されていません。

祐真     ・・・。

         幽霊でいるのは・・・、辛いんです。本当は、嫌なんです。やりたいこともできないまま、ずっと縛られて。・・・私は、多分、一種の呪縛霊です。色んなものに縛られているんです。この部屋にも、時間にも、過去にも、そして、私自身にも。だから、せめて何処かに在る自分の身体を探し出して、供養できたらな、と思っていたんです。自分でするのもおかしな話ですが。・・・・・・最期の我侭、聴いてくれますか?

祐真     ・・・良いよ。

         私の供養を、頼んで良いですか? 私の身体を・・・多分もう白骨化してると思うけど・・・。それを探して、私の父の元に送ってほしいのです。後は、多分私の父がやってくれます。お願いしても、良いですか?

祐真     うん。

         ありがとうございます・・・。

祐真     ・・・どういたしまして。

         ・・・・・・幽霊だった3年間・・・、凄く、長かったです・・・。時が止まったのかというほど、ゆっくりと進んで・・・。その時間が、凄く辛かった・・・。苦しかった・・・。でも、この半月間、凄く楽しかったです。幽霊になってから、初めて得られた楽しみでした。祐真さんや、他の方に会える日をいつも心待ちにしていました。1日、ほんの少しの時間でしたけど、それが私にとって、掛け替えのないものになりました。生きているって感じがしました。本当に、感謝の気持ちで一杯です。

祐真     ・・・俺の方こそ、・・・ありがとう。

         ・・・これからも何度も会って、遊んで、話してってしたいけど。本当はダメなんですよね・・・。ここに居ちゃ、いけないんですよね・・・。

祐真     ・・・。

         聴いても良いですか?

祐真     ん。

         私たちと居る間・・・、楽しかったですか?

祐真     うん・・・、とっても。

         えへへへへ、ありがとう。・・・ヤバイよ・・・。泣いちゃいそう。最後に泣き顔は見せたくないから。笑顔で別れたいから。私が泣く前に、お別れ、済まさせて下さい。

 

 悠、押入れの中に入る。

 

         すみませんが、後はよろしくお願いします・・・。

祐真     ・・・うん。

         ・・・・・・では、さようなら。

祐真     ・・・さようなら・・・。

 

 祐真、押入れを閉める。

 

祐真     ・・・・・・キィは、お別れ言わなくて良かったの?

キィ     わたしは、向こうで会えますから。

祐真     そっか。

キィ     ・・・さっきはごめんなさい。

祐真     え?

キィ     いきなり襲ったりして。

祐真     あぁ、大丈夫だよ。今こうして無事でいるから。そりゃ、吃驚はしたけど。

キィ     悠は・・・、時々あんな風になるんです。勿論、生前ではそんなことありませんでしたけど。多分、何らかのスイッチが在って、それが入ると暴走し始めるんです。本人は、強迫観念に駆られるって言ってました。

祐真     それって、大丈夫なの?

キィ     ・・・大丈夫じゃありません。悠は、幽霊になってから2人、それで人を殺しているんです。

祐真     55日の・・・?

キィ     はい。命日になると、スイッチが入るそうです。自分では抑え切れないらしくて・・・。・・・やった後に、極度の自己嫌悪に陥っていました。

祐真     ・・・本当に暴走、なんだな。

キィ     はい・・・。

祐真     ・・・キィのこと、聴いても良い?

キィ     良いですよ。

祐真     キィは・・・、天羽が飼っていた猫のキィの幽霊なの?

キィ     ・・・はい。

祐真     じゃぁ、鍵 小苗っていうのは・・・?

キィ     幽霊になってから、悠が付けた名前です。『鍵』は『キィ』から、『小苗』は悠のお母さんの名前です。

祐真     ・・・天羽のお母さん?

キィ     はい。悠のお母さんは、亡くなってるんです。

祐真     え?

キィ     わたしも会ったことありません。わたしは、悠のお母さんが亡くなった後に悠に拾われて天羽家に行ったので。

祐真     ・・・野良猫だったの?

キィ     ・・・少し違います。どちらかと言えば、捨て猫です。ダンボールに入れられて、公園に放置されていました。その内雨が降り出して、雨除けになるものなんて近くになくて。わたしはその時かなり小さかったのでダンボールから出ることも怖かったんです。徐々に体温が奪われていくのが自分でも分かりました。でも、震えること以外何もできなくて・・・。そんな時に悠がわたしを抱き上げて、家まで連れて帰ってくれたんです。

祐真     天羽は・・・、命の恩人なんだな。

キィ     はい。更にわたしを育ててくれました。ずっと一緒に居ました。

祐真     じゃぁ、『キィ』っていう名前も天羽が?

キィ     悠と、そのお父さんです。

祐真     お父さんも?

キィ     2人で決めたんです。悠もお父さんも、お母さんが居なくなって何処か心を閉ざした感じになってたらしくて。でも、わたしが来てからその閉ざされた心が徐々にまた開いてきたって。だから、心を開く鍵ということで、『キィ』って付けてくれたんです。

祐真     そうだったんだ・・・。

 

 少しの間

 祐真、押入れを少し見る。

 

祐真     キィも、天羽と一緒に?

 

 キィ、首を振る。

 

キィ     ・・・悠が死ぬ時、わたしは傍に居ませんでした。今でも、それを悔いているんです。過去は、どうしようもないですけど。・・・悠がいなくなってからは、わたしはずっと悠を捜していました。・・・当然ですが、何処を探しても見つかりませんでした。

祐真     ・・・じゃぁ、キィはどうして・・・

キィ     車に撥ねられたんです。悠を探している最中でした。相手はトラックで。一発でした。あっけないものですね・・・。

祐真     ・・・。

キィ     でも、運転手を恨んではいません。彼は、轢いてしまった後、私を何とか助けようと必死でしたから。元々、道に飛び出した私が悪かったのですし・・・。

祐真     ・・・そう・・・。

キィ     そして、皮肉にもこうやって死んで悠に会うことができたわけですけど。

祐真     じゃぁ、・・・キィは呪縛霊ではないの?

キィ     はい。私は自由に動き回ることができるのです。ただ、この世に捕らえられていますけどね。

祐真     成仏する手は・・・ないの?

キィ     もうじきできます。

祐真     え?

キィ     わたしは悠と一緒に居ることを望んで、それに縛られてもいました。だから、悠が成仏できれば、わたしも成仏するんです。

祐真     そう・・・。

キィ     寂しい、ですか?

祐真     ・・・正直、寂しいよ。2人が居なくなるのは。

キィ     でも、本来ならわたし達はここに存在しませんから。存在してはいけませんから。

祐真     うん・・・。

キィ     ・・・わたしも、寂しいです。もっと色々したかったな・・・。祐真さんや景翼さんや希望さんや恵雫さん、それから悠と、もっともっと遊びたかった。色々話して。偶には喧嘩もしたかった。生きている間にできなかったこと、色々したかったのに・・・。もう、できないんだよね・・・。皆ともお別れしなきゃいけないんだよね・・・。仕方ない。仕方ないけど、・・・本当は嫌だ!! 別れたくない!! せっかく皆と会えたのに!! もう会えないなんてヤだよぉ!!

祐真     ・・・俺もだよ。・・・・・・でも、天羽の傍に居ないと、天羽が寂しい思いをするよ?

キィ     ・・・・・・はい。

祐真     だから、我慢だよ。

キィ     ・・・・・・はい。

祐真     それに、またいつか向こうで会えるかも知れないし。

キィ     ・・・・・・はい。

祐真     だからこう言うよ。

キィ     ・・・え?

祐真     またね。

キィ     ・・・またね。

 

 キィ、上手へ捌ける。

 

祐真     行ってらっしゃい、天羽、キィ。

 

 祐真、押入れを開ける。

 そこには誰も居ない。

 悠の骨を集め始める。

 

 暗転

 

 

 

5

 明転

 

 部屋には祐真と恵雫と景翼と希望が居る。

 4人、テーブルで大富豪をしている。

 

景翼     そう言えば、今日だっけ?

希望     何が?

景翼     命日。

希望     あぁ、そうだね。

景翼     ホントにあれから現れてないよな。

祐真     ちゃんと成仏したってことでしょ。

恵雫     ・・・こんな言い方するのも変だけど、元気してるかな?

祐真     元気なんじゃない? それなりに。

希望     何たって電波だし。

景翼     螺子飛びコンビだったっけ? 星月さんが付けた名前。

希望     だって、あの螺子の飛びようは凄いんだもん。

祐真     本人居ないところで随分酷い言いようだよね。

希望     でも、あれは凄まじいって。

祐真     少なくとも、キィはまともだよ。

景翼     何だそれ。ペットの方がまともって飼い主の立場ねーじゃねーか。

祐真     飼い主がペットに慰められてたから。

恵雫     え? 普通逆じゃない?

祐真     いや、ホントに。

恵雫     うーん、私の時は普通に猫だったからねぇ・・・。取り敢えず、可愛くて大人しい猫だったわ。

景翼     さっきからキィの評価ばっかじゃねーか。悠の評価もしてやれよ。

恵雫     天然。

希望     電波。

祐真     癇癪玉。

景翼     オイ、癇癪玉ってなんだよ。

祐真     すぐ怒る。

景翼     ・・・どっからどうしたらそんな評価が出るのか分からねー・・・・・・。

希望     渡水君が怒られるようなことしたんじゃないの?

祐真     してないよ。・・・多分。

希望     多分って何さ?

恵雫     ユウの『多分』は『多分違うけど』ってことよ。

希望     あぁ、やっぱりしたのか。

祐真     姉さん、嘘を教え込まないでほしいんだけど。

希望     え? 嘘?

景翼     まぁ、でも、この場合は怒られるようなことをした可能性が高いけどな。

希望     結局か。

祐真     誰か味方に付いてくれても良いんじゃないかな。

恵雫     四面楚歌ね。

希望     ・・・それにしても。まだ半月ほどしか経ってないのに、あの頃ことが懐かしいね。

景翼     あの半月間は濃かったよなぁ・・・。

祐真     景翼は違う意味でね。今でも濃い気がするけど。

恵雫     確かに、あの半月は輝いてたわ。

祐真     姉さんも景翼と同じ理由でね。この色ボケカップル。

希望     これからこの2人が何処まで続くのかも楽しみだね。

祐真     ・・・俺は・・・、色々在り過ぎて忘れたな・・・。

景翼     お前は単に言うのが面倒なだけだろ!

祐真     それくらい密度が高かったってこと。

恵雫     ふーん。良い経験したんじゃないの?

祐真     一生の内1回在るのが不思議なくらいのね。

希望     ・・・そうだ! 今からお墓参り行かない?

恵雫     お墓参り? 悠ちゃんの?

希望     そうそう。

景翼     良いんじゃねー。行ったら悠も喜ぶだろ。

祐真     キィも嬉しいと思うよ。

恵雫     そうね。それじゃぁ、お墓参りに行きましょう!

 

 4人、大富豪を中断し、立ち上がる。

 

祐真     姉さん、ちょっと良い?

恵雫     ん? 良いわよ。

祐真     悪いけど、2人は先行ってて。

景翼     おう。

希望     了解。

 

 景翼と希望、上手へ捌ける。

 

恵雫     ・・・何?

祐真     あれから考えてみたんだけど。天羽を殺したのって誰か分かる?

恵雫     ・・・いえ、分からないわ・・・。

祐真     なるほど・・・。やっぱりか・・・。

恵雫     ・・・どうしたの?

祐真     俺は分かったよ。

恵雫     へぇ・・・、誰なの?

祐真     教える必要はあるの?

恵雫     ・・・知りたいじゃない。

祐真     その犯人は、この部屋を避けてたんだ。何せ、天羽の死体をこの押入れに隠していたからね。

恵雫     ずいぶん遠回りに言うのね。

祐真   犯人はここの勝手を知っていた。押入れのあの穴を知っているくらいだからね。そして、天羽の命日は3年前の55日。本人も言っていたし、日記に血痕も残っている。更に、それ以降の日記は書かれておらず、その日の日記も途中まで。この事実は揺るがない。病院にも行ってない筈だからね。

恵雫     ・・・。そうね。

祐真     姉さんは分かった? 犯人。

恵雫     ・・・。

祐真     3年前の55日に日記を書いていた途中ということは、ここで殺されたということ。そして、その時この部屋に居たのは・・・?

恵雫     ・・・私よ。

祐真     他には誰か居た?

恵雫     誰も・・・。

祐真     これで、分かったね。

恵雫     ・・・。

祐真     それに姉さんはミスをしている。

恵雫     え?

祐真     今までの言動に見え隠れする不自然さ。特に、この部屋に一緒に住むことを提案した時と、キィと会った時。それから、一番のミスは、ついさっきの発言。

恵雫     つい、さっき?

祐真     俺の質問に普通に答えたよね。『天羽を殺したのは誰か分かる?』っていう質問に。

恵雫     ・・・あ・・・。

祐真     姉さんは殺されたことを前提として受け答えたんだ。普通そこは疑問を持つところだよ。

恵雫     ・・・なるほど・・・ね・・・。

祐真     理由を知りたいね。

恵雫     ・・・・・・。

祐真     言えない?

恵雫     ・・・カッターを、使ってたの・・・。

祐真     カッター、ね・・・。

恵雫     そしたら、手が滑って、落としちゃって・・・。悠ちゃんの真後ろで、立って作業してたから・・・。落ちたカッターが首に・・・。刃を変えたばかりで・・・、しかも結構長く出してたから。綺麗に首に突き立って・・・。それから・・・。

祐真     分かった、もう良いよ。

恵雫     ・・・・・・言うの? 誰かに・・・。

祐真     いや。ただ確認したかっただけだから。誰にも言わないよ。

恵雫     そう・・・。ありがとう・・・。

祐真     ん。それじゃぁ、行こうか。

恵雫     ・・・そうね。・・・ごめん、先に行ってて。私は少し後から行くから・・・。

祐真     分かった。

 

 祐真、上手へ捌ける。

 

 恵雫、座る。

 恵雫、項垂れる。

 

恵雫     ・・・・・・・・・。ごめんなさい・・・、悠ちゃん・・・。・・・・・・。(やや涙声)

 

 恵雫、頭を抱えて掠れる声で「ごめんなさい」と何度か呟く。

 

 悠、物陰から現れる。

 恵雫の後ろへ行く。

 カッターを構える。

 カッターを振り上げる。

 恵雫、後ろを振り返る。

 カッター、振り下ろされる。

 暗転

 

 (悲鳴)

2008.6.3