Memories』(仮)

 

 登場人物

 

黒崎 隼敏(クロサキ ハヤト):主人公っぽい名前にしてみた

清水 桜香(シミズ ハルカ):お気に入りの名前

犬飼 司(イヌカイ ツトム):ダメだこいつ、早く何とかしないと・・・

天川 恵雫(アマカワ アヤナ):名前と性格にギャップが

榎木 威(エノキ タケル):エノキダケ

松本 珠姫(マツモト ミキ):自作の他作品から名前を拝借

酉(ユウ):これでも名前を真面目に考えました

 

 

O

 夏のある日、夕方。

 川沿いの土手。

 黒崎・清水、下手から登場。

 並んで歩いている。

 

 清水、立ち止まる。

 

清水     ねぇ、隼敏。

黒崎     ん?

清水     もうすぐだね。

黒崎     何が?

清水     お祭り。

黒崎     あぁ、そうだな。

清水     楽しみだよねー。この土手沿いに一杯屋台が並んでさ。今はこんなに人が少ないところなのに、その日は大混雑。不思議な感じがするよね。

黒崎     まぁ、年に1回のお祭りだからな。それにしても、お盆と言えば死者が帰ってくる日とされているけど、こっちでは大はしゃぎか。幽霊さんからしてみれば何か複雑だろうな。

清水     そうかな。一緒に楽しめて楽しいと思うけど。ほら、送り出す時はしみじみとした雰囲気で、何か暗いでしょ。だから、再び迎える時は明るく楽しく迎えたいじゃない。

黒崎   明るく楽しくか・・・。死者のことなんかお構いなしな気がするけどな。

清水     もしかしたら知らない内にお祭りに混ざってるのかも知れないよ。私たちが気付いてないだけで。

黒崎     桜香みたいな幽霊が居たなら、確かにそうかも知れないな。

清水     それはどういう意味かな?

黒崎     桜香なら目一杯楽しもうとしそうだってこと。

清水     当然です。年に1度のお祭りだよ。楽しまないと損でしょ。

黒崎     確かに、それはそうだな。

清水     更に、隼敏と一緒で2倍楽しい! 何かお得! 屋台廻って、色んなもの食べて、くじ引きして、金魚すくいして、射的して、色んなもの食べようね!

黒崎     何か、「色んなもの食べる」が2回出てきたような・・・・。

清水     そして花火! これが一番の楽しみだな。川の向こう側から打ち上げられる花火。空に咲く大輪と、水面に散る光の花びら。綺麗だよねー。

黒崎     ・・・なんか、桜香と一緒なら普通の3倍は楽しめそうだな。

清水     お、嬉しいこと言ってくれるね。流石隼敏。私が選んだだけのことはある!

黒崎     ありがとう、・・・と、言うべきなのか、これは?

清水     軽く流せば良いよ。ノリで言っただけだから。

黒崎     ノリかよ。

清水     人生ノリも大切なのです! っと、・・・はぁ・・・。ちょっと疲れてきたかも・・・。今日は調子良いと思ったんだけどな・・・。

黒崎     大丈夫か? 今日は少し歩き過ぎたかもな。余り身体丈夫じゃないのに、無理させたかも知れない。ゴメンな。

清水     いや、良いよ。楽しかったし。隼敏の所為じゃないし。

黒崎     とにかく、家に戻ろう。歩ける?

清水     うん、大丈夫だよ。ありがとう。

 

 黒崎・清水、歩き出す。

 

 清水、よろめく。

 黒崎、支えようとするが間に合わない。

 暗転

 

 車のブレーキの音

 鈍い衝突音

 

 

 

T.

 明転

 秋のある日、正午近く。

 共同アパートの一室。

 住人が共同使用できる居間兼通路。

 テーブルと座椅子、ちょっとした家具などが在る。

 上手側は各住人の部屋になっており、下手側は玄関へ続いている。

 

 黒崎、座椅子に座って寝ている。

 少しして、目を覚ます。

 

黒崎     はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・。

黒崎     ・・・また・・・あの夢・・・か・・・。・・・・・・。

 

 犬飼、下手から登場。

 

黒崎     ・・・犬飼さん? 何処かに行ってたんですか?

犬飼     あぁ、黒崎さん、起きたんですか。コンビにまで食料を買いに行ってたんですよ。ところで黒崎さん、目覚めの気分はどうですか?

黒崎     ・・・良くない・・・。というか、最悪ですね・・・。

犬飼     そうでしょうね。そうだと思いましたよ。僕がコンビニに行く前にここを通った時、かなり魘されていましたからね。これはきっと嫌な夢を見ているに違いない。目覚めの気分はかなり悪いだろうと思いましたよ。

黒崎     魘されていることに気付いたなら起こしてくれたって良いじゃないですか。放って行くなんて人が悪いというか、趣味が悪いですよ。

犬飼     あはは、すみませんね。ここを通路として使う時はここのことには干渉しないようにしているんですよ。文句はここの構造か大家さんに言って下さい。

黒崎     ・・・それはお門違いですよ。まぁ、確かにこの部屋がこのアパートの住人が共同で使える居間でありながら、外に行く為の通路になっている構造は変わっているとは思うけど。それを承知の上で入居したわけだから文句は言えませんよ。

犬飼     それなら文句を言うアテもありませんね。モヤモヤした感情は自分で処理して下さい。

黒崎     ・・・このモヤモヤはあんたの所為でもあるんですけどね。

犬飼     またまたぁ。悪夢を見たのは黒崎さんじゃないですか。僕の所為で見たわけではないでしょう。僕は他人の夢に干渉することなんてできないんですから。でも、干渉できないからこそ他人の夢って気になりますよね。どんな夢だったんですか?

黒崎     ・・・普通訊かないだろ。人が気分を害した夢なんて。

犬飼     だからこそ気になるんじゃないですか。黒崎さんがどんな夢で苦しんでいたのか。どんな苦痛を受けていたのか。何が苦痛にさせていたのか。どんなことをすれば苦悶の表情を浮かべるのか! さぁ、僕に教えて下さい!

黒崎     還れ。土に還れ。

犬飼     あん、酷いですよ、黒崎さん。僕の熱心な問い掛けにそんな言葉を返すなんて。でも、そこが黒崎さんの痺れるカッコ良さですからね! それに負けぬよう、僕も粘りますよ。さぁ、一思いに言っちゃって下さい!

黒崎     五月蝿いな。・・・変わりませんよ。いつもと同じ夢ですよ。

犬飼     いつもと同じ夢、と言いますよ?

黒崎     前にも言ったじゃないですか。何度も言わせないで下さいよ。

犬飼     何言ってるんですか! インタビュー中ですよ。視聴者の中には初めて聴く方もいらっしゃるかも知れないじゃないですか! だから分かり易く丁寧に教えて下さいよ。

黒崎     何ですか、インタビューって。あぁ、もう。面倒臭いな、あんたは。だから、事故で桜香を失う夢ですよ。

犬飼     来た! 出ました! 聴きましたか、奥さん!

黒崎     やめろ、鬱陶しい。

犬飼     じゃぁ、ズズイと突っ込んでみましょう。今までその夢は何度見ましたか。

黒崎     ・・・チッ・・・。何回もですよ。回数なんか覚えてませんよ。夢の中で何度も失って、こっちは傷心であることを少しは配慮して頂けないでしょうか。

犬飼     なんと、もう数え切れないほどの傷を抱え込んでいるそうです。夢の力とはこれほどまでに怖ろしいものなのですね。以上、中継でお伝えしました。

黒崎     ・・・・・・もう、どうでも良いよ。

犬飼     まぁまぁ、そんなに気を落とさないことですよ。所詮夢なんですから。

黒崎     どの口が言える言葉ですか。今ここまで気が落ちていることに犬飼さんは9割方責任が有るんですよ。

犬飼     あーっと。何故かいつの間にか僕の所為。おかしな展開ですよ。そんな黒崎さんにお菓子をあげます。

黒崎     還れ。星に還れ。

 

 犬飼、コンビニ袋から買ってきたものを取り出す。

 

犬飼     はい、チロルチョコ。

黒崎     ・・・・・・。

犬飼     あれ、不満ですか。それじゃぁ、取り敢えず買ってきたもの全部出しますから好きなものを選んで下さい。

 

 犬飼、コンビニ袋から買ってきたものを取り出していく。

 

犬飼     まず、これがチロルチョコ。で、次がチロルチョコ。それからその次がチロルチョコで。これがチロルチョコ。あとはチロルチョコとチロルチョコとチロルチョコが在って。こっちがチロルチョコ。・・・・・・。

 

 犬飼、袋を逆さにして中身を出す。

 

犬飼     そして残りは全部チロルチョコ。どうですか。圧巻でしょう。好きな味選びたい放題ですよ。さぁ、黒崎さん好きなものを選んで下さい。自分の嫁に相応しい彼女を!

黒崎     還れ。無に還れ。

 

 清水、上手から登場。

 

清水     さっきからちょっと賑やかだったけど、何やってるの?

黒崎     桜香。

犬飼     おーっと、ここでスペシャルゲストの登場です! 寧ろ主役!? さぁ、当人に黒崎さんの夢に出た感想を訊いてみましょう!

黒崎     やめろ。五月蝿い。黙れ。還れ。消えろ。

犬飼     あうん。黒崎さんの心ない、もとい心にもない連続アタックが僕の心を抉っていきます。しかし、その中にも快感に近い何かを感じますよ。この気分を黒崎さんにも是非!

黒崎     チロルチョコ要る?

清水     うん、欲しい欲しい。

犬飼     おうふ! これが秘伝の技、ダブルスルー・・・。言い換えれば2人同時に僕を無視・・・。あぁ、何だか見えない壁を感じます。

清水     犬飼さんは何やってるの?

黒崎     触れてやるな。あれでも必死に生きてるんだ。多分。

清水     ふーん。大変なんだね。

犬飼     あーっと、ここで犬飼司のライフゲージが0になりました。ダウン。

清水     ところで、さっき犬飼さんが言ってた夢って何?

黒崎     え? あぁ、いや、彼の言動は気にしない方が良いよ。

清水     んー・・・、でも私に関係あるようだから気になるな。

黒崎     関係あるというか、夢に桜香が出てきただけだよ。

清水     隼敏の夢に? どんな夢だったの?

黒崎     ・・・言わない。

清水     えー、何で。教えてくれても良いでしょう?

黒崎     大した夢でもないし。知っても得しないと思うよ。

清水     隼敏にとって大したことなくても、もしかしたら私にとっては大したことあるかもしれないでしょう。だからさ、教えてよ。

黒崎     んー・・・。2人で散歩する夢だよ。

清水     ・・・それだけ?

黒崎     そう、それだけ。な、大したことないだろ?

清水     む〜・・・、せっかく夢の中に出たならもっと色々すれば良いのに、私。でも、隼敏の夢に私が居たってだけで嬉しいな。

黒崎     ・・・そうか。

清水     隼敏。ちょっと元気ないよ? 大丈夫?

黒崎     大丈夫だよ。そこに倒れているやつの相手をして疲れただけだから。

清水     なんだ・・・。なら良かった。

犬飼     呼びましたか?

黒崎     呼んでませんよ。・・・ダウンしたんじゃなかったんですか?

犬飼     ふふふふふ。打たれ強さと回復力に定評のある僕です。あの程度のダメージならばすぐに復活しますよ! ミスター・ラクカラーチャを嘗めないで下さい!

黒崎     初めて聴きましたよ、そんな二つ名。しかも全然誇れるものではありませんし。いや、あなたにはぴったりかも知れませんが。

清水     ラクカラーチャって何?

黒崎     あー・・・、あれだよ。キッチンとかに出てくる黒くてテカテカした楕円形の・・・。通称G

清水     え、・・・もしかしてゴ

犬飼     な、何ですとー!? そ、そんな・・・。この僕がそんなものに例えられていたなんて・・・。無念。

清水     あ、また倒れた。

黒崎     今の内に俺の部屋にでも行くか。この人が起きるとまた面倒なことになりそうだし。

清水     うん。

黒崎     犬飼さん、チロルチョコ美味しく頂いておきますから。

犬飼     ・・・・・・。

清水     犬飼さんのだったんですか。こんなに沢山、どうもありがとうございます。

犬飼     ・・・・・・。

 

 黒崎・清水、下手へと捌けていく。

 

 天川、下手から現れる。

 

天川     ・・・・・・。何やってんだ、お前?

犬飼     ・・・。

天川     おい、起きろ犬飼。

犬飼     ・・・ん・・・、あ・・・、はっ! ・・・天川さん!

天川     気持ち悪いから起こされる時に喘ぐなって言ってるだろ。何回言えば分かるんだよ。

犬飼     すみません。でも、これは癖なんですよ。仕方ないんです。直せないんです。

天川     気持ち悪い癖を持ってるやつだな。まぁ、良いよ。これまで言っても直らなかったんだ。これ以上注意したって無駄だろうな。

犬飼     そうですね。きっとそうですよ。そうに違いありません。

天川     お前が言うな。

犬飼     あふん、怒られた。そう言えばどこか行くんですか、天川さん。

天川     飯を食いに出るだけだよ。丁度昼飯時だろ? お前も来るか?

犬飼     いや、僕は食料を買ってきたんで・・・。ないっ!? 僕が買ってきたチロルチョコがなくなっていますよ!

天川     チロルチョコなら黒崎らが持ってたぞ。袋に大量に入れて廊下歩いてるあいつらとさっき会ったからな。

犬飼     そんな・・・。僕の食料が・・・。

天川     チョコを主食にするな、気持ち悪い。何にせよ、今お前には飯がない状態ってわけだ。一緒に来る理由ができたな。

犬飼     そんなに僕と行きたいんですか。

天川     別に。1人で食うよりも2人で食う方が飯が美味いと思っただけだ。だから誰かを誘おうと思ったんだよ。俺としては誰でも良いんだけどな。偶々お前がここに居たから誘っているだけだ。

犬飼     そして僕に奢らせるわけですか。万年金欠のこの僕に。流石人を苛めることに定評のある天川さんですね。

天川     そんなに奢りたいなら奢らせてやろうか。

犬飼     何でそうなるんですか。お金がないって言ってるじゃないですか。

天川     お前に金がないのはほぼ毎日ここでダラダラ過ごしているからだ。金が欲しいなら働け。

犬飼     僕だって働いてますよ。部屋でちゃんと絵とか描いてるんですよ。偶に依頼を貰ったりしながら。

天川     あー、そう言えばフリーのイラストレーターだったっけ? お前みたいなのはどこかと契約した方が金になると思うけどな。

犬飼     僕は何かに縛られながら絵を描くのは好きではないんです。仕事だって楽しくないと続けられませんよ。

天川     それには同意するけれど、それで金がないってのは本末転倒じゃねーか。まぁ、俺がお前のことをとやかく言おうが意味ないか。・・・。金がないなら仕方ないな。今日は俺が奢ってやるよ。

犬飼     おぉ。後光さえ見えるこの神々しさ! 神様仏様天川様ですね! ありがとうございます!

天川     だから次お前に金が入ったら俺に奢れ。

犬飼     そして突き落とされる僕。強烈な打撃が僕の心を襲ってきますよ。でも大丈夫、僕は打たれるごとに成長するのです! さぁ、どんどん打ってきて下さい!

天川     一人コントやってないでさっさと行くぞ。

 

 天川、下手へ捌ける。

 

犬飼     あぁ、そこで焦らしますか。中々やりますね、天川さん。しかし僕はそれをも乗り越えて見せますよ。そしてあなたの悔しがる顔を見たいのです。さぁ、見せてもらいますよ、天川さん! あなたの技を! そして見せてあげますよ、僕の強さを!

 

 犬飼、下手へ捌ける。

 

 榎木、上手から登場。

 

榎木     おはよ〜ございま〜す。・・・って、誰も居ないし。さっきまで司君の声が聞こえてたんだけどなぁ。何処かに行っちゃったか。

 

 黒崎・清水、上手から現れる。

 

黒崎     あ、榎木さん、起きてたんですか。おはようございます。

榎木     おう、おはよう隼敏君に桜香ちゃん。さっき起きたところさ。君らはこれからお出掛けかい?

清水     はい、ちょっと買出しに。お昼ごはんとかを買おうと思いまして。

榎木     ん? あちゃー、もうそんな時刻かぁ。ダメだなぁ、部屋に籠もってるとどうも時間の感覚が分からなくなる。

清水     もしかして、また遮光カーテンを閉めっぱなしにしているんじゃないですか? 部屋に時計を置いてないのに外が見えないと、時間なんて分かりませんよ。それに、不健康的ですから、止めた方が良いと思いますよ。

榎木     どうも日の光を浴び続けるのは好きじゃないんだよ。あれは偶に浴びるから気持ち良いんだ。酒と同じようなものさ。それに窓は常に或る程度開けているから、不健康的ではないな。

黒崎     人間の生命活動の理に反した理論ですね。ずっと続けているとモヤシになりますよ?

榎木     いつもながら中々辛辣だね、隼敏君。そんなことばかり言っているとまた司君に気に入られるよ。

黒崎     ・・・犬飼さんのことは、もう半ば諦めてますから。あの変人には何を言っても通じませんよ。

榎木     そうか。でも、放っておいて良いのかい? オレの見解では司君は君を狙っているように思える。今は桜香ちゃんの存在が彼を踏み止まらせているけれど、何か切欠があれば君はホントに襲われるかも知れないね。

黒崎     榎木さんが言うと冗談には聞こえないんで、やめて下さい・・・。

榎木     冗談で言っているつもりはないからね。日頃の観察から導き出された結論と言ったところだね。

黒崎     相変わらず研究熱心ですね。人を観察対象としてみるところとか。部屋に篭っている間もずっと研究活動してるんですか?

榎木     当然だよ。それを生業として生活しているからね。

清水     余り訊いちゃいけないことかも知れませんけど、それって収入は有るんですか?

榎木     勿論有るとも。ないと生きていけないからね。とは言え、それも不定期というか、オレの研究結果次第なんだけどね。この前発表したもので結構お金が入ったから、当分は余裕が有る状態さ。

清水     ヘー、凄いですね!

黒崎     榎木さんもちゃんと働いてたんですね。感心しましたよ。

榎木     おい、ちょ、待てい。君の中ではオレは無職だったってことかい? 酷いなー。ちゃんと毎日働いてるよ。

黒崎     そうみたいですね。見直しました。

榎木     やれやれ・・・。全く、君という人は。良くも悪くも素直なものだよ。

黒崎     それはきっと褒めてませんよね。

榎木     褒める・貶すの話ではなく、ただ思ったことを言っただけだよ。君に対するオレの1つの感想さ。

黒崎     じゃぁその感想、ありがたく頂戴しておきますよ。それじゃ、俺らはそろそろ出ますんで。

榎木     おう、いってらっしゃい。っと、ちょっと待った!

清水     何ですか?

 

 榎木、財布から1000円札を出す。

 

榎木     ついでにオレの分も買ってきてくれ。余ったお金はあげるから。

清水     分かりました。何が良いですか?

榎木     それは君らに任せるよ。食べ物だったら大抵のものが食えるからな。あ、でもちゃんとご飯が入ってるものを買ってきてくれよ。

清水     はい、じゃぁ買ってきますね。

榎木     あぁ、よろしくー。

 

 黒崎・清水、下手に捌けていく。

 

 榎木、メモ帳を取り出し、何やら書き始める。

 

 松本、上手から登場。

 

松本     こんにちは、威さん。今起きたところですか?

榎木     こんにちは、珠姫ちゃん。そうだね、少し前に起きたところさ。珠姫ちゃんもどこか行くのかい?

松本     いえ、違いますよ。誰かとお話でもしようかと思いまして降りてきたのです。しかし、他の皆さんはお出掛けされているようですね。威さんも何か書かれていましたし、もしかしてお邪魔でしたか?

榎木     いやいや、とんでもないよ。丁度暇だったからね。オレで良ければお話の相手になるよ。

松本     ありがとうございます。

榎木     取り敢えずそこに座りなよ。立ってたら疲れるよ。

松本     はい、失礼します。

榎木     で、お話って? 何か相談ごとかな?

松本     いえ、そういうことではないのですけど。とにかく何かお話がしたいと思っただけでして。世間話ですとか、そういうことができれば良いんです。

榎木     世間話ねぇ。そうだなぁ・・・。・・・。珠姫ちゃんの仕事の方はどうだい?

松本     仕事と言われますと、大家の仕事ですか? それとも会社の仕事ですか?

榎木     あぁ、そうか。珠姫ちゃんは会社勤めをしながら、大家の仕事もやっていたんだったね。会社のことを訊いてもオレには分からないからなぁ。大家さんとしての仕事について聴きたいね。

松本     そうですねぇ・・・。そんなに難しいことはないですよ。皆さんとお話したり触れ合えたりして毎日楽しいですし。皆さんのお陰で充実した毎日を過ごせています。

榎木     へぇ、それは良かった。オレが入居して間もない頃は色々戸惑っていた感じだったからね。人見知りもあったようだし。

松本     はい・・・。あの頃はまだこの仕事に不慣れでした。右も左も殆ど分からない状態で、威さんの言うとおり人見知りということもあって、中々お話しすることもできませんでした。

榎木     確かに、あの頃は殆ど会話らしい会話をしてなかったからね。珠姫ちゃんがこの居間を通路以外として使うことは殆どなかったし、話す時と言えば何か用事がある時くらいで、それも1分足らずで終わり。話し終えたら珠姫ちゃんは、脱兎の如く駆け出していってたからね。

松本     あれは、本当に失礼でしたね。申し訳ないです。

榎木     いやいや、そんなに気にすることはないよ。今はもう随分慣れたようだしね。皆とも打ち解けてるし。こうやって居間に顔を出すことも多くなってきたしね。

松本     そうですね。皆さん良い方たちですから。ここに来て皆さんとお話をすることが、今は凄く好きです。この時間が私にとっては掛け替えのない大切なものになっています。

榎木     それはここの住人としては嬉しい言葉だね。オレもここに来たことを良かったと思っているよ。中々面白い毎日を過ごすことができているからね。

松本     そう言って頂けると嬉しいです。ありがとうございます。・・・ところで、威さんの方のお仕事はどうなんですか?

榎木     んー、そうだね。中々順調なんじゃないかな。結果が出るまでにはまだ時間が掛かりそうだけど、確実に進んではいるよ。

松本     今は何の研究をされているんですか?

榎木     余り大っぴらにはしたくないんだけどね。でも、珠姫ちゃんには教えてあげるよ。オレが今研究しているのはアンドロイドさ。

松本     アンドロイド・・・ですか?

榎木     そうさ。まぁ、有り体に言えば人造人間だな。厳密に言えば定義は微妙に違うんだけど、そんなに変わったものじゃないから一緒だと思って良いよ。

松本     アンドロイドを造っているんですか?

榎木     まー、造ってることは造ってるけど。余力をそちらに回している程度で、本格的に取り組んでいるのはアンドロイドの特質や、特徴を分析することさ。コンピュータ上に仮想のアンドロイドを創り出してね。様々な計算からそのアンドロイドが取る行動を推測し、データを取っていく。本当は実際にアンドロイドを造り出してデータを取っていくことが良いのだろうけど、現実に造るとなるとかなりの金と技術が必要だからね。今戯れがてらに造っているアンドロイドも、今のところ完成の目処は立っていないよ。

松本     凄いですね。何だかちょっと感動しました。

榎木     いやいや、全然大したことないよ。自分の好きなことをやっているだけだからね。オレにとっては、もう仕事というか、趣味の一環みたいなものさ。それでお金を頂いてるんだから、世の中で真面目に働いている人たちからしてみれば、俺は金取り虫みたいなものだよ。

松本     そんなことないですよ。威さんは十分凄いと思いますよ。好きなものに対して真っ直ぐ取り組む姿勢、凄く格好良いですよ。

榎木     ありがとう。流石だね、珠姫ちゃんは。隼敏君とは大違いだ。度量の差が歴然としているね。いや、人間としての器の差かな。寧ろ彼の場合は人格に問題があると・・・。

黒崎     誰の人格に問題があるんですか?

 

 黒崎・清水、下手から現れる。

 

榎木     おおう。

松本     あら、黒崎さんと清水さん。お帰りなさいませ。

黒崎     ただいま。

清水     ただいまです、松本さん。

榎木     早かったね。もっと時間が掛かるものだと思ってたけど。

黒崎     まだ帰ってこないと思ったが為のさっきの発言ですか。榎木さんを余り待たせるのは良くないと思ってすぐそこのコンビニを使ったんですよ。

榎木     いやぁ、悪いね。でも、別にそこまで気を使ってくれなくて良かったのに。せっかくの休日なんだから2人でゆっくり買い物でもすれば良かったじゃないか。

清水     榎木さん、お腹空かせてるんじゃないかと思ったんです。だから早く渡した方が良いかなと思って。

榎木     あぁ、桜香ちゃん、ありがとう。やっぱり桜香ちゃんの提案なんだね。

黒崎     それはまるで俺がそんな提案をする筈がないって言ってるみたいですね。せっかく俺が榎木さんのご飯選んできたけど、要らないということですか。

榎木     あー、まさかそんなわけがあると思ってるのかい、隼敏君。よく選んできてくれたよ。

黒崎     態度変容が凄まじいですね。まぁ、別に良いですよ。これも今に始まったことじゃないですし。はい、ご飯です。

 

 黒崎、提げていた袋の1つを榎木に渡す。

 

榎木     はい、どーも。さんきゅー。・・・あ、一応訊いてみるけど、ちゃんと食べることができて、ご飯が入っているものを買ってきたよね?

黒崎     ちゃんと買ってきましたよ。疑うなら、それ返してもらっても良いんですけど?

榎木     あー、いや、これは悪かった。ありがたく頂くよ。

黒崎     それじゃぁ、俺たちは部屋で飯を食べてきます。

松本     はい、行ってらっしゃいませ。

清水     そうだ、松本さんも一緒に如何ですか?

松本     え、良いんですか?

清水     はい、勿論です。人数が多い方が楽しいじゃないですか。

松本     そうですね。ありがとうございます。それではご一緒させていただきます。威さんは如何ですか?

榎木     いや、オレは良いよ。どちらにしても隼敏君は反対しそうだしね。

黒崎     よく分かってるじゃないですか。

榎木     ほら、やっぱりね。君は実に分かりやすいからね。簡単に行動を予測できるよ。でも、何故かな、目から汗が出てくる。

黒崎     多分それ病気ですから病院に行った方が良いと思いますよ。

榎木     何だか、いつもに増して辛辣だね、隼敏君。

黒崎     さっきのあなたの発言のお返しですよ。それじゃぁ、俺らは行きますんで。

榎木     おー、いってらっしゃい。

榎木     全く、隼敏君は中々酷いものだ。まぁ、ご飯を買ってきてくれたのはありがたいけどね。さーて、何を買ってきたのかな。

 

 榎木、貰った袋から中身を取り出す。

 

榎木     って、『ご飯ですよ』じゃねーか!

 

 暗転

 

 

 

U.

 明転

 冬のある日、夕方。

 居間。

 テーブルが炬燵になっている。

 

 犬飼、部屋中を漁っている。

 眼鏡は掛けていない。

 

犬飼     居ない。居ない、居ない、居ない! 何処に行ったんですかー! 僕の大事な瞳ちゃーん!!

 

 犬飼、何かを言いながら何か探している。

 

 黒崎、上手から現れる。

 

黒崎     ・・・・・・。何やってるんですか・・・、四つん這いになって。ついに犬飼から飼い犬になりましたか。

犬飼     あ、黒崎さん! ねぇ、知りませんか、黒崎さん!? 黒崎さん、黒崎さん、黒崎さん!!

黒崎     うわ、ちょ、待て! 名前を連呼しながら寄って来るな!

 

 黒崎、犬飼にアタック。

 

犬飼     あうん! 攻撃された。何するんですか、黒崎さん。

黒崎     それはこっちの台詞ですよ。いきなり名前呼びながら抱きついてこないで下さい。

犬飼     ・・・いきなりじゃなければ良いんですか? 何だ、そういうことはもっと早く言って下さいよ。黒崎さんにやってみたいこととか一杯あるんですから。じゃ、今から行きますよ。

 

 犬飼、黒崎に駆け寄る。

 黒崎、カウンター。

 

犬飼     おうふ! また攻撃された。事前に「行きます」って言ったじゃないですか。何で拒否するんですか。あ、もしかして照れてます?

黒崎     黙れ犬。そして還れ。天に還れ。

犬飼     出ました、黒崎さんの汎用無双一〇八式言語『還れ』!

黒崎     勝手に命名するな。・・・居間が騒がしかったから覗いてみたものの、失敗だったな。というか、1人で居る時くらい静かにできないんですか?

犬飼     普段は静かにしていますよ。でも今は瞳ちゃんが・・・。あぁ、そうだ! 瞳ちゃんですよ! 黒崎さん、瞳ちゃん知りませんか!?

黒崎     ・・・誰ですか、それ?

犬飼     何言ってるんですか!? 瞳ちゃんですよ! 急に何処かに行っちゃって。 黒崎さんだって知っている筈ですよ! いつも僕と一緒に居るじゃないですか!?

黒崎     悪いけど、俺は犬飼さんの妄想が作り出した人物までは見ることができないんで。きっと俺は知りませんね。

犬飼     そんな筈ありませんよ! いつも僕の目と鼻の先に居るじゃないですか!? 僕を見れば自然に視界に入る筈ですよ!

黒崎     ・・・そいつはあんたの中では常にあんたとキスをしている設定なんですか? 気持ち悪いことこの上ない上に、妄想の産物であるその瞳とかいう子も可哀想ですね。

犬飼     だから! 妄想ではないと言っているではないですか! 普段僕が掛けている眼鏡の瞳ちゃんですよ!!

黒崎     ・・・・・・。すみませんが、部屋に戻ります。

犬飼     あーん、探すのを手伝ってくれたって良いじゃないですか、黒崎さん! それとも、黒崎さんが僕の瞳ちゃんを奪った犯人で、それをばれないようにする為にこの場から立ち去ろうとしているんですか!? そうだとすれば許しませんよ!

黒崎     ・・・誰が好き好んであなたの眼鏡なんか取りますか。どうせどこかで落としただけじゃないですか。

犬飼     僕が彼女を自分から捨てるようなマネをすると思っているんですか? 否! 断じて否ですよ!! 僕は心のそこから瞳ちゃんを愛しているんですから!

黒崎     あー、どうやら俺は誤解していたみたいですね。犬飼さんのことをこれまでゲイだと思ってましたけど、無機物愛者だったんですね。気付いてなくてどうもすみませんでした。それでは。

犬飼     あーん、行かないで! 一緒に探してくださいよ。一生のお願いですから。

 

 犬飼、黒崎の足にしがみつく。

 

黒崎     あなたの一生は随分軽いですね。取り敢えず離して下さい、犬飼さん。俺は夜からバイトが在るんで少しでも休憩しておきたいんですよ。早く離さないと強引に眠らせますよ。

犬飼     あー、それは待って下さいよ黒崎さん。まだ寝る時間帯じゃないんですから。

黒崎     だったらさっさと離してください。

 

 榎木、上手から現れる。

 

榎木     居間が何やら賑やかだから来てみたけど・・・、何やってんだ、君ら。

黒崎     あ、榎木さん。丁度良いところに来てくれました。

榎木     あー、つまりそれはオレにとってかなり悪い時に来てしまったということだね。ということで、来て早々だが、これで失礼するよ。

 

 榎木、下手へ向かう。

 

犬飼     ちょっと待ってください、榎木さん。是非とも榎木さんも手伝って下さい。

黒崎     是非とも榎木さんが手伝って下さい。

榎木     え、何を? 実に面倒そうなことであるような気がするんだけど。そういうことなら是非とも遠慮したいな。

黒崎     そんなことないですよ。犬飼さんの眼鏡を探すだけですから。

榎木     ・・・ホントにそれだけかい? 何か裏が在りそうな気がするけど。

犬飼     裏なんて在りませんよ! 僕の瞳ちゃんを一緒に探してくれるだけで結構ですから!

榎木     ・・・瞳ちゃん?

黒崎     眼鏡の名前だそうですよ。俺には理解できませんけどね。無機物に名前を付けて愛する行為というものが。それに、そんな人の探し物を手伝いたくはないですし。まぁ、これからバイトまでの時間を休息に当てたいっていうのが本音ですけど。

犬飼     あーっと! 黒崎さん、ここでぶっちゃけちゃいました!

黒崎     五月蝿い。

榎木     ・・・なるほど。そうだね、眼鏡を愛することはともかく、無機物であるものを愛する気持ちは、分からなくもないけどね。時には名前を付けて愛したくなることだってあるものだよ。

犬飼     あぁ、榎木さん! あなたなら分かってくれると信じていましたよ!

黒崎     ・・・榎木さんも同類でしたか。それじゃぁ、犬飼さんと理解を深め合うことができますね。

榎木     隼敏君は違うのかい?

黒崎     何で俺まで一緒にされなきゃならないんですか。俺は違いますよ。つまり、理解できない俺はそれを探す資格を有してない。だから、同類2人で仲良く探して下さい。

榎木     その資格、隼敏君に今すぐにでも与えて良いんだけど?

黒崎     遠慮します。

犬飼     黒崎さん、大丈夫ですよ。これから黒崎さんを徐々に僕らの仲間にしていきますから。そうすれば自ずと資格も与えられますよ。

黒崎     何処がどう大丈夫なんですか・・・。

犬飼     今回は黒崎さん抜きでの瞳ちゃん探しになっちゃいましたけど、榎木さんと2人で頑張りますよ!

黒崎     まるで次回があるような言い方ですね・・・。

榎木     いやぁ、確かにオレにも探す資格は有るかも知れないけど、今回は見送らせてほしいな。だから隼敏君、君に探す資格を貸すよ。そして2人で存分に探し合うと良い。その間にオレは散歩に行ってくるよ。

犬飼     え、そんな。榎木さん、僕を裏切るというのですか!?

榎木     いや、そういうわけではないさ。その証明として、オレの代わりに隼敏君を置いて行くよ。これで安心だよね。

犬飼     流石榎木さん・・・。僕のことを理解してくれています!

黒崎     勝手に決めないで下さい。俺はやりませんよ。というか、榎木さん、外に出るんですか? 日がまだ出てますよ。今外に出たら灰になるんじゃないですか?

榎木     あぁ、そうか。それは危険だな。また夜になってからにしよう。

            って、おい! 誰が灰になるんだよ! オレはヴァンパイアか!

犬飼     な、榎木さんって、ヴァンパイアだったんですか!?

榎木     違うって! オレは普通の人間だよ。まぁ、かなりの暑がりではあるけどね。

犬飼     何だ、本当だったらかなりのスクープになったんですけどね。「アパート『松本庭』にバンパイア棲息!?」みたいな感じに。

榎木     ないない。今までだって外出していたことがあっただろ。だから今から外に出ても大丈夫なわけだよ。ということで、行ってくるよ。

黒崎     ホントに大丈夫なんですか、そんなに着込んでて? 今外かなり暑いですよ。30度くらいはありますよ。

榎木     ・・・・・・。それはホントにまずいな・・・。

 

 榎木、炬燵を見て止まる。

 

榎木     ・・・・・・・・・・・・。って、今冬じゃねーかよ! 30度もあるわけねーじゃねーか!

黒崎     ないですよ。当たり前じゃないですか。取り敢えず、馬鹿なコントをこれ以上やってる暇はないんで、俺は部屋に戻ります。

榎木     あ、ちょ、おい!

 

 黒崎、上手へ捌けていく。

 

榎木     全く、彼はホントに―――

 

 榎木、肩に犬飼の手が置かれる。

 

犬飼     黒崎さんが居なくなっちゃいましたから、榎木さん、手伝ってくれますよね?

榎木     え、あ、ちょ、・・・。ああっ! 瞳ちゃん発見!!

 

 榎木、犬飼の向こうを指差す。

 犬飼、そっちを見る。

 

犬飼     え、瞳ちゃん!? 何処何処何処!? 何処ですか瞳ちゃん!? 瞳ちゃんは何処に居るんですか、榎木さん!?

 

 犬飼、振り返る。

 榎木、既に下手に捌けている。

 

犬飼     ・・・。騙しましたね、榎木さん! 後で覚えていて下さいよ。黒崎さんにやってみようと思っていることを、まずは榎木さんで試してあげますから! どんな悲痛の表情を浮かべて、どんな悲鳴を上げるのか、実に楽しみですよ。ふふふふふふ・・・ははははははははは!!

 

 天川、下手から現れ、笑っている犬飼を攻撃。

 

犬飼     おふん! あ、天川さん! おかえりなさい。

天川     仕事上がりの俺にいきなり気持ち悪い笑い声を聞かすな。

犬飼     そんな、気持ち悪いなんて酷いですよ。僕の哄笑はそれはもう美しい音色を奏でる一種の楽器ですよ。それこそオーケストラも吃驚なほどのものなのです。何ならもう一度聴かせましょうか?

天川     やめろ。そして耳鼻科行け。そう感じるお前の耳はきっと何かに寄生されてる。もしかしたら、もう手遅れかも知れないけどな。・・・ん? そう言えばお前、眼鏡どうした?

犬飼     あぁ、そうですよ! 天川さん、瞳ちゃん知りませんか?

天川     誰だ、そいつ? それが眼鏡とどういう関係が有るんだよ。お前が下の名前で呼んで、尚且つちゃん付けするっていうことは、お前にとって只者ではないんだろうけど。

犬飼     僕の眼鏡ですよ。瞳ちゃん! 何処かに行っちゃったんです。

天川     ・・・。前からお前は変なやつだと思っていたけど、ここまでだったんだな。今の発言で俺の中でのお前との距離が10キロメートルくらい延びたぞ。

犬飼     え、瞳ちゃんの何がいけなかったんですか!? 彼女の何処が悪いって言うんですか!?

天川     いや、少なくとも、お前の眼鏡は悪くないな。悪いのは全部お前だ。それから、さっきの発言で更に俺らの距離が3キロメートル延びたからな。

犬飼     僕の何処が悪いって言うんですか! こんなにも万物に愛を注げる博愛者なんて、滅多に居ない筈ですよ!

天川     確かに滅多に居ないだろうけど、残念ながらお前は総合として悪いよ。

犬飼     そんな・・・。・・・あぁ、そうか、分かりましたよ。瞳ちゃんはこんな悪い僕に愛想を尽かして何処かに行ってしまったんですね。

天川     取り敢えず、その悪いところを治す為にも眼鏡を擬人化することから止めろ。

犬飼     僕は別に眼鏡を擬人化しているわけではありませんよ。眼鏡自体を1つの種として見ているんです。これが良くないことだっていうのは分かっています。

天川     分かってるなら止めろよ。

犬飼     でもダメなんです・・・。僕は瞳ちゃんが好きだ! 別種同士の恋愛は禁忌・・・。それは分かっています。良くないことだとは分かっているんですけど、愛はそれでも止まらない!!

天川     待て。さっき言った「良くないこと」っていうのは、もしかして眼鏡を生き物としてみることじゃなくて、眼鏡と・・・、その、恋愛をすることなのか?

犬飼     そうですよ。

天川     ・・・あぁ・・・あぁ、そうね、なるほどなるほど。分かった、分かったよ。そのことについては俺はもう何も言わない。言っても意味ないというか、手遅れだろうしな。

犬飼     分かってくれましたか! 僕の瞳ちゃんにたいするこの熱い愛情! もうどうしても止めることのできない果てない思いを!

天川     あぁ、あぁ。分かったことにしておくよ・・・。

犬飼     流石、天川さんなら分かってくれると思いました!

天川     うん、そうだな。うん・・・。もう俺は疲れたから部屋に戻るからな。

犬飼     あ、ちょっと待ってください、天川さん。瞳ちゃんを一緒に探してくれませんか?

天川     はぁ? 疲れたって言ってるだろーが。そんなの他のやつに頼めよ。この時間帯なら黒崎と榎木は居るんじゃないのか?

犬飼     黒崎さんには断られてしまいましたし、榎木さんは外出してしまいましたから。今頼れるのは天川さんだけなんですよ。

天川     あー、そう言えばアパートの入り口の前辺りで榎木に会ったな。何か慌てた様子だったけど。あいつが外出なんて珍しいな・・・。

犬飼     だからお願いしますよ、天川さん。

天川     あのなぁ、仕事帰りで、しかもお前の相手をして俺は疲れてるんだよ。黒崎にもう一度頼みでもしたら良いだろ。あいつ今暇なんだろうから。

犬飼     黒崎さんは、もうすぐバイトだから休ませてくれって言ってましたよ。それに僕もかなり粘ったんですよ。それでも半ば逃げられる形で拒否されたんです。酷いと思いませんか?

天川     あー、どうだろうな・・・。少なくとも俺が黒崎と同じ立場なら黒崎と同じ行動を取ったかも知れないけど。くそぅ、清水や松本が居ればこいつの手伝いくらいホイホイとやってくれそうなもんなのにな・・・。どっちも仕事で出てやがるからな。

犬飼     これはもう、天川さんが手伝うしかありませんね。希代のお手伝いさん、天川恵雫さん! 僕の為に尽力してくれるそうです!

天川     しねーよ。あぁ、もう、眼鏡くらい1人で探せば良いだろーが。お前の事件に他のやつを巻き込むなよ。

犬飼     そんな、酷いです。天川さんまでそんなことを言うなんて。いや、しかし、その酷さを持っているからこそ魅力的な天川さん! 人に酷いことをすればするほどその魅力は増していくという、この上なくサディスティックなお方なのです! さぁ、今度はどんな方法で魅力を増していくというのでしょうか!

天川     黙れ。その舌切るぞ。

犬飼     あーっと、過激発言出ましたー! しかしへこたれない僕! だって僕は強いのですから! 今まで茨の道を抜けてきたのです! これくらいどうということはありません!

天川     ・・・はぁ。お前が今歩いているのは恐らく獣道だろうけどな。そこに俺を引きずり込もうとするな。・・・。あー、もう、いいや。おーい、黒崎ー!!(上手へ向かって)

 

 犬飼、尚も犬飼語(仮)を喋り続けている。

 黒崎、暫くして上手から現れる。

 

黒崎     何ですか、天川さん。というか帰ってたんですね。

天川     あぁ、まぁな。でも、そんなことはどうでも良いんだ。お前、こいつをどうにかしてくれ。

黒崎     ・・・・・・。

天川     無言で凄く嫌そうな顔をするな。俺はこれ以上疲れたくないんだよ。お前は俺よりも話術には長けるだろ。それでどうにかこいつに1人で眼鏡探しをするように説得してくれ。

黒崎     多分こいつは無視するのが一番だと思いますよ。こっちが何かこいつに向けて発言すれば、絶対に何らかのレスポンスは来てしまいますから。

天川     いや、無視したら無視したで煩いだろう。何か上手い言葉で丸め込んだ方が良いと思うぞ。だからここでお前が活躍して、見事あの珍獣を鎮めてくれれば任務完了だ。

黒崎     俺には今のところ害がないんで、別にその任務受ける必要ないですよね。というか、そんなことでバイトまでの貴重な時間を削りたくないんですけど。

天川     頼むよ。疲れて余り頭の回ってない今の俺じゃ無理だし、お前なら俺の気持ちが分かるだろ。任務を達成すれば褒美もやるからよ。

黒崎     俺が金に釣られると思ってるんですか?

天川     金じゃねーよ。そうだな、お前からは清水に直接訊けないことを俺が訊いてきてやるっていうのはどうだ? 悪くないと思うけどな。

黒崎     ・・・・・・。いや、それは・・・。

天川     悩むってことは、お前にとって少なからず魅力があるってことだ。ちなみに言っておくけど、これを逃したらもうチャンスはないかも知れないんだぜ。この機会、そう簡単に手放して良いものなのか?

黒崎     ・・・っく。・・・分かりました・・・。やりますよ。

天川     交渉成立ー。それじゃよろしくなー。俺はここからお前が任務をきちんと遂行するか見ておいてやるよ。

黒崎     ・・・。

犬飼     っだー! 何僕を除け者にして2人で楽しそうに話してるんですか! しかも全然僕の話聴いてませんし! これはもしかして苛めというやつですか? そうでしょう? そうなんですね! だったら僕だってやってみせますよ!

黒崎     犬飼さん、眼鏡は見つかったんですか?

犬飼     あー! そうですよ、瞳ちゃんですよ! もしかして黒崎さん、一緒に探してくれるんですか? 黒崎さんなら帰ってきてくれると信じてましたよ。

黒崎     本当に俺らが手伝って良いんですか? 犬飼さんにとってその彼女はとても大切なんですよね。そんな大切な存在を他人の手に探させるんですか? 口ではまるで自分の恋人のように言っていたくせに、実際は犬飼さんにとってもただの道具でしかないみたいですね。

犬飼     そんなことありません! 僕は瞳ちゃんのことを愛しているんです!

黒崎     それなら自分の手で探すべきじゃないんですか? もしあなたが俺たちに探すのを手伝わせて、俺たちが見つけたら。彼女はどう思うと思いますか? あなたの気持ちが真なるものだと感じると思いますか?

犬飼     あ・・・、確かにそうかも知れません。やっぱり僕自身の手で瞳ちゃんを救うことが本当の愛ですよね。僕は大切なことに気付きましたよ! ありがとうございます、黒崎さん!

黒崎     別に良いですよ。彼女を早く見つけてあげて、大切にしてあげて下さいよ。

犬飼     はい!

 

 犬飼、眼鏡を探し始める。

 黒崎、天川の許へ行く。

 

黒崎     ・・・うわぁ、気持ち悪ぃ! 身体中にサブイボが・・・。無理矢理自分の中であいつの探している眼鏡を女性に置き換えたけど、あれ以上続けてたら多分俺は倒れてたな。

天川     ははははは、ナイスファイトだったよ。上手く説得できたしな。流石黒崎だ。

黒崎     あー、くそ・・・。もうバイトに行かなきゃいけない時間かよ。あいつの所為で録に休憩できなかったよ・・・。

天川     ご苦労様だな。

黒崎     って言うか、天川さんの所為でもあるんですよ。態々俺を呼ばないで下さいよ。天川さんなら自分で対処できてた筈ですよ。俺にさっきの仕事を押し付ける程度に頭が働いていたんですから。

天川     まぁまぁ、そう言うなって。俺だって黒崎をこんなに簡単に乗せられるとは思ってなかったんだ。それに、俺だとあんな短時間で決着は付けられなかったさ。

黒崎     ・・・良いように使われたようにしか思えませんね。・・・あぁ、天川さん。約束は守ってもらいますよ。ちゃんと任務達成したんですから。

天川     分かってるって。約束は破らねーよ。まぁ、好きな時に使ってくれよ。ただし、訊いてやるのは1つだけな。

黒崎     ・・・割が合わない気がすけど、まぁ良いか。それじゃぁ俺は支度してきますんで。

天川     あぁ、分かった。

 

 黒崎、上手へ捌ける。

 

天川     さてと、俺も部屋に行くとするか。おい、犬飼。

犬飼     何ですか? もしかして手伝おうって言うんですか? そうはさせませんよ! 僕の瞳ちゃんに対する愛は誰をも寄せ付けないんですから!

天川     誰も手伝おうとなんて思ってねーよ。ただお前、さっきからずっと同じところばっか探してることないか? 別のところも探せよ。もしかしたらこの部屋にはないかもしれないし。

犬飼     そんな、瞳ちゃん! 君を見失ったのはこの部屋だった筈! なのに、他のところに行ったというのですか!? あぁ、もしや。僕の愛が余りにも強過ぎて、瞳ちゃんにとっては重りになってしまったのでしょうか? どう思いますか、コメンテーターの天川恵雫さん!?

天川     いや、そんなこと俺の知ったこっちゃないけど・・・。誰かが移動させた可能性もあるだろ?

犬飼     そんな!? 僕がここで居眠りをしている間に瞳ちゃんを誘拐するなんて! 許すまじ誘拐犯!

天川     ・・・・・・。まぁ、精々頑張ってくれ。俺は部屋に戻るぞ。

 

 天川、上手へ捌ける。

 

犬飼     待っているのですよ、誘拐犯! 必ず捕まえてみせますからね。そして瞳ちゃん! 必ず助けてみせるからね! っは! でも誘拐犯ということは、もしかしたら物凄く強いやつかも知れませんよ。もしかしたら乱闘になるかも知れません。そうなった場合、なんとしても勝たなければ、瞳ちゃんは取り戻せません! その戦いの為に、ここでシミュレーションしておかなくてはなりません!

 

 犬飼、ファイティングポーズ(?)を取り、奇妙な動きを始める。

 

 黒崎、上手から現れる。

 

黒崎     ・・・何やってるんですか、犬飼さん?

犬飼     今僕は犯人と戦っているんです。話しかけないで下さい。

黒崎     ・・・あぁ、そうしますよ。

 

 黒崎、下手へと捌けていく。

 

 犬飼、犯人との戦闘シミュレーション(?)を続ける。

 

犬飼     よし、こんなものですね。それでは、瞳ちゃん。今から助けに行きますよ!

 

 犬飼、下手に駆けて出て行く。

 

犬飼     あぁ! 瞳ちゃん居たぁ!!(袖から)

 

 暗転

 

 

 

V.

 明転

 U.の次の日、日付が変わって間もなく。

 居間。

 

 清水、寛いでいる。

 

 黒崎、下手から入ってくる。

 

黒崎     ただいま。

清水     おかえりなさい。お仕事お疲れ様です。

黒崎     ありがとう。まぁ、仕事よりもその前の方が疲れたけどな。

清水     その前って? ここに居る時?

黒崎     そう。犬飼さんの暴走に巻き込まれてね。ホントにあれは大変だったよ。

清水     そう言えば犬飼さん、眼鏡失くしてたらしいね。隼敏がバイトに行った直後に見つけたらしいけど、壊れてたって。ずっと「瞳ちゃーん、瞳ちゃーん」って泣いてたよ。

黒崎     眼鏡が壊れただけで泣くって、どうなんだよ。まぁ、ある意味あれだけの思い入れが有るなら分かる気がしなくもないけど。・・・分かりたくはないけどな。

清水     天川さんや榎木さんから聴いた話では、犬飼さんはあの眼鏡を自分の彼女のように愛していたらしいね。

黒崎     「ように」というか、本人の中ではどうも彼女だったみたいだよ。無機物を愛する気持ちは俺には分からないけど、まぁ、相当な気持ちであったことは間違いないよ。

清水     ・・・そうだね。でも、凄いよね、犬飼さんは。それが普通とはちょっと違う形であれ、凄い愛情を持っていたことは間違いないわけでしょ? あそこまで必死になってくれるなんて、付き合ってるパートナーにとっては、凄く嬉しいことだよ。・・・私もそうありたいな。

黒崎     なるほど。確かにそう考えることもできるな。だとしたら、俺も犬飼さんを見習うべきなのかな。まぁ、犬飼さんみたいにまではなってしまいたくはないけどね。

清水     ふふ、確かに犬飼さんはちょっと変わってるよね。面白い人だなって思う。

黒崎     ・・・あれは檻の外から見ている分には面白いけど、あいつの檻の中に入ってしまうと大変なことになるぞ。ちょっと変わってるなんてレベルじゃない。

清水     隼敏は優し過ぎるって言うか、素直過ぎるんだよ。犬飼さんの発言を全部一度素直に聴き入れてしまうの。だから真正面から受け止めちゃう。

黒崎     そんなつもりはないんだけど・・・。

清水     多分無意識なんだよ。自分で気付いてないの。うん、でも、だから隼敏は優しいんだよね。・・・隼敏だけじゃない。ここの人たちは皆そう。

黒崎     そうかなぁ? 俺はそうは思えないけど。

清水     そうだよ。ねぇ、隼敏。私のこと好き?

黒崎     ・・・え? は? 何でいきなりそんなこと訊くんですか? って言うか、そんな流れでしたっけ?

清水     あはは。ほら、隼敏は真っ直ぐ受け止めてくれる。

黒崎     いや、おねーさん、あれは誰だってあんな反応になりますよ?

清水     んー、何て言うか。隼敏の言葉にはちゃんと熱が有るんだよね。温度を持ってるの。隼敏は私以外の人には結構辛辣なことも言うけど、その言葉たちにもちゃんと熱が篭ってる。それは、ちゃんと相手の言葉を真っ直ぐ受け止めてから返してるからだよ。

黒崎     ・・・あのー、酔ってますか? 桜香さん。そんなに褒めても残念ながら何も出せませんよ。

清水     酔ってないって。何か欲しいわけでもないよ。面白いね、隼敏は。

黒崎     (清水とは別の方を向いて)先生、質問です。彼女が彼氏に対して「面白い」と発言することにはどういう意味が含まれているのでしょうか?

清水     「好き」っていう意味が含まれています。

黒崎     やっぱり酔ってるだろ。何飲んだよ?

清水     だから酔ってないって。お酒とかは飲んでないよ。それに、私お酒には弱くて顔にすぐ出ちゃうもん。隼敏も知ってるでしょ?

黒崎     まぁ、確かに、それはそうだけど。何か、発言が酔ってるみたいだから。

清水     ・・・多分、怖いんだ。隼敏との繋がりを感じられなくなることが。

黒崎     ・・・え?

清水     だから、自分が隼敏のことが理解できるって、自分で確認したくて。自分が隼敏のことが好きなんだって確認したくて。そして、隼敏が私のことを好きでいることを確認したくて。多分、その所為だよ。

黒崎     どうしたんだよ? 何かちょっとおかしくないか?

清水     そんなことないよ。・・・・・・。ねぇ、隼敏。もし私が犬飼さんの眼鏡みたいに、突然自分の傍から居なくなったらどうする? もし見つけても、もう私が動かない存在だったら、どうする?

黒崎     ・・・。何で、そんなこと訊くんだよ?

清水     なんか、今日のこと聴いたり、犬飼さんが泣いているのを見たら、色々なこと考えちゃって。ごめん、嫌な気分にさせちゃったよね。

黒崎     ・・・冗談でも・・・、そういうことは言うなよ。

清水     うん・・・、そうだね。ごめんなさい。

黒崎     ・・・あー、はいはいはいはい、やめやめ。こんな暗い話はこれで終わり。もっと俺ららしい明るい話にしよう。

清水     そうだね。・・・あ、そう言えば。今日榎木さん外出してたね。うちに来たよ。

黒崎     うちって、桜香がバイトしてる花屋?

清水     そうそう。榎木さんは特に何か買ったわけではないけど、ちょっとお話したよ。お散歩がてらに寄ってみたんだって。あと、誰か探していたみたい。

黒崎     誰か探すって、人を? あんな引き篭もりにここの住人以外の知り合いなんて居るとは思えないんだけど。どんな人かとかは言ってた?

清水     背はそれ程高くない女の子だって。暗色の服を着てるって言ってたよ。

黒崎     女の子? 榎木さんの知り合いで? 信じられないな・・・。

清水     知り合いかどうかは分からないけど、その子のことは結構知っている風な口振りだったよ。

黒崎     年齢は?

清水     見た目としては10代後半〜20代前半って。

黒崎     何だ、その「見た目としては」って。実際の年齢は分からないのかよ。

清水     榎木さんは実際の年齢は言ってなかったよ。もしかして本人も知らなかったりして。ネット友達で、初めて会うとかで。

黒崎     ネット友達か・・・。確かにそれならあり得るな。そう言えばあの時の榎木さん、心なしかどうしても外に出たい感じだったし。

清水     これは調べてみる価値がありそうですぜ。

黒崎     あぁ、これはちょっと面白そうだな。

 

 天川、上手より登場。

 

天川     お、お前ら、良いところに居たな。

清水     あれ、天川さん、どうしたんですか?

天川     どうしたもこうしたもないって。結構ピンチなんだよ。家計簿つけようと思ったら、俺の財布がないんだよ。お前ら見てないか?

黒崎     見てないですね。

清水     すみません、私も見てないです。

天川     マジかよ・・・。困ったなぁ・・・。誰かに取られてなけりゃ良いんだけど・・・。

清水     あの、私たち、探すの手伝いましょうか? 隼敏も勿論やるよね?

黒崎     え、あ、うん。

天川     おー、サンキュー。助かるよ。やっぱり持つべきものは友達だな。

黒崎     その友達を売ったのは誰でしたっけ?

天川     おいおい、あれは戦略的撤退方だろ? 別にお前を嗾けたわけじゃないよ。それに、あの程度のことを根に持つようじゃ、器が知れるぞ?

黒崎     誰が器が小さいですって?

天川     俺はそんなところまで言ってないだろ。何だ、自覚していることでもあるのか、お前?

黒崎     ありませんよ、別に。・・・くっそ、いつかの榎木めぇ・・・。

清水   どうしたんですか? さっきから何か言い合ってるみたいですけど。何かあったんですか?

黒崎     夕方この人にまんまと利用されたんだよ。あー、何かあの時の俺に腹が立ってきた・・・。何であんな簡単に乗せられたんだ。

天川     美味しい条件が有ったからな。

清水     美味しい条件? 何ですか、それ?

天川     ん、条件? 実はな、

黒崎     え、ちょっと待ってくださいよ。何軽々言とおうとしてんですか。

天川     あれ? ダメだった?

黒崎     当然じゃないですか。桜香に言ったら意味なくなるに決まってるでしょう。

天川     あはははは、それもそうだなー。

黒崎     天川さん・・・、分かっていながらやろうとしてましたね・・・。

清水     え? 何? 私に関係してることですか?

黒崎     いや、桜香は知る必要のないことだよ。って言うか、世の中知らない方が良いこともある。

清水     ・・・そう。何か良く分かんないけど、じゃぁ良いや。

天川     ナイス切り抜け、黒崎! なかなかやるな。

黒崎     この・・・。桜香に訊く回数もう1回増やして下さいよ。

天川     何でだよ。今ので丁度イーブンくらいだろ? 条件のお釣り分をここで支払ってもらったんだよ。何せ、お前は何でも訊くことができるんだからな。お前が訊くことによっては、こっちもそれなりのリスクが有るんだよ。

黒崎     そういうのは俺が訊きたいことを聴いてからやってください。場合によっては俺は支払い損なんですよ。

天川     じゃぁ、分かったよ。訊きたいことの内容によっては2つ訊いてやるよ。

黒崎     ・・・まぁ、多少不満は有りますけど、それで良いですよ。ちゃんと覚えておいて下さいよ。あと、もうこれ以上変な行動はしないで下さい。

天川     分かってるよ。俺も別にお前を苛めたいわけじゃない。理由がないとやらねーよ。

黒崎     ・・・お願いしますよ。

清水     あの・・・、さっきからずっと2人で話してますけど、お財布は探さなくて良いんですか?

天川     あぁ、今話が終わったところだ。これから探すよ。取り敢えずこの部屋から探そうと思う。

清水     自分の部屋にはなかったんですか?

天川     あぁ、残念ながらなかったな。他の住人の部屋も気になるけど、俺がこのアパートの中で2番目に使用頻度の高いここにある可能性の方が高い。

黒崎     どんな財布ですか?

天川     (財布の説明)

清水     なるほどぉ。それじゃ探してみますか。

 

 3人、部屋中を探し始める。

 以後、探しながらの会話。

 

黒崎     天川さん、財布を最後に見たのは何処ですか。

天川     俺の部屋だよ。晩飯の前には確実に在ったな。その後からは見てない。

清水     晩御飯はこのアパートに残っていた皆でこの部屋で一緒に食べましたよね。その時に居たのは、確か天川さんと、大家さんと、犬飼さんと私でしたよね。

天川     そうだな。お前(黒崎)はバイトに行ってたし、榎木は外から戻ってきてなかったからな。それが7時半くらいか。

黒崎     じゃぁ、なくなったことに気付いたのは?

天川     少し前だよ。大体20分くらい前かな。それから部屋中探し回って、ここにやってきたってわけだ。

清水     20分前って言ったら、日付が変わる直前くらいですか。7時半からそれまでだったら、随分時間が空いてますね。これはいつ何処でなくなったのか特定するのは難しそうです。

黒崎     いや、もう少し絞れるかも知れないよ。天川さん、最後に財布を見た場所をその後に見ませんでしたか?

天川     見るも何も、机の上に置いていたからな。俺の部屋に居たら何度も視界に入るところだよ。ただ、普段から財布をそこに置いてるわけじゃないから失くしたことに気付くのが遅くなったんだ。

黒崎     それじゃぁ、晩飯以降で天川さんが部屋に初めて戻ったのはいつですか?

天川     いつだったかな・・・。時計見てなかったからよく覚えてねーな。

清水     確か、8時半くらいじゃありませんでしたか? 居間を出たのは天川さんが1番で、その10分後くらいに私が出て行きましたから。私が部屋に戻って時計を見たら大体840分くらいでしたよ。

黒崎     なるほど。・・・・・・。天川さん。多分財布は盗まれてますよ。食事中に。

天川     はぁ!? 誰に盗まれるって言うんだよ! 食事中は皆ここに居たんだぞ。誰が盗むって言うんだよ。

黒崎     外部からの侵入者しか居ませんね。

天川     あのなぁ、この建物の入り口はあっちで、向こうの俺の部屋に入る為には必ずここを通らなきゃならないんだぞ。でも、黒崎の推測した財布がなくなった時間帯、俺らはこの部屋に居たんだ。誰かが入ってきたらすぐに分かる筈だろ?

黒崎     確かに、玄関から入ってきたならそうなりますね。でも、犯人が窓から入ってきたのだとしたら。

天川     それも無理だよ。俺は部屋を出る時は窓の鍵はちゃんと閉めるんだ。窓から入ることだって不可能さ。

黒崎     じゃぁ、無理ですね・・・。少なくとも、天川さんの部屋の窓から入ることは。でも、他の部屋の窓からなら入ることはできるかも知れませんよ? そしてここの住人は皆顔見知りであるが故に、セキュリティが甘い。長時間、或いは長期に渡って部屋を空けておく以外の時は部屋の入り口の鍵を閉める人は居ません。つまり、誰かの部屋に入りさえできれば、あとは部屋の移動は自由なんです。

天川     ・・・そう考えれば俺の部屋の財布も取れることになるな。でも、何で俺の部屋なんだ。入った部屋で良いじゃねーか。態々部屋の移動の為に廊下に出て見つかるリスクを普通は考えるだろ。

黒崎     そこまでは俺も分かりませんよ。犯人には犯人なりの考えが有ったんだと思いますよ。或いは反対に、考えなしの行動だったか。どちらにせよ、不審者が見つかってない以上、犯人には逃げられたと考えた方が良いですよ。

天川     そんな・・・。俺の財布・・・。

清水     あ、在った!

 

 清水、財布を見つける。

 

清水     もしかして、これじゃないですか?

天川     おおおおお!! 間違いなくこれだ!! 戻ってきたぞ、俺の財布!!

黒崎     何処に在ったんだ?

清水     ここ。無造作に置いてあったよ。

天川     黒崎ぃ、お前の推理は外れたな! どうやら盗られたわけではないようだぜ。

黒崎     じゃぁ、ここに在った理由を説明してくれます?

天川     いや、それは分からねーけど。でも、普通せっかく盗ったのに態々置いていくか?

清水     中身は無事なんですか?

天川     あぁ、そうか。一応確認が必要だな。

 

 天川、財布の中を確認する。

 

天川     カード類はなくなってないし、お札もちゃんと在る。今日のレシートもしっかり残ってるな。

清水     全部無事みたいで、良かったですね。

天川     ん?

清水     どうしたんですか?

天川     ・・・小銭がゴッソリ減ってる・・・・・・。

清水     え?

天川     入ってた筈の小銭が殆どなくなってるんだよ。10円玉と5円玉しか残ってない。

黒崎     自分で使ったんじゃないですか?

天川     いや、そんな筈はないぞ。そもそも小銭がここまで少なくなること自体おかしいからな。

黒崎     じゃぁ、やっぱり盗られたみたいですね。

清水     小銭だけを?

黒崎     その・・・、小銭泥棒?

清水     それって財布盗んでやっても意味ないよね。普通子どもが親のお金を猫糞する時とかに、ばれないように使う手口だと思うんだけど。

黒崎     ・・・天川さんの、子ども、とか。

天川     俺は独身だよ。子どもなんか居るわけねーだろーが。

黒崎     養子とか。

天川     取ってねーよ。寧ろ取らねーよ。

清水     でも、小銭だけで済んで良かったじゃないですか。カードとかお札とか盗られたらそれこそ大変でしたよ。

天川     まぁ、確かにそれはそうだな。

黒崎     とは言え、実際に小銭がなくなっているのならこれをそのまま水に流すのは良くないと思いますよ。もし誰かが盗っていったのだとすれば、味を占めたその犯人はまた盗みを働く可能性がある。今度は小銭で済むとは限りませんよ。

天川   ・・・言われてみればそうだな。取り敢えずこれは松本に言っておくか。その上で何か対策を立てていくべきだろうな。

黒崎     まぁ、対策も何も部屋の鍵を閉めるようにすれば良い話だと思いますけどね。

天川     要は俺たちの気持ちの問題か。平和だったんだな、今まで・・・。(遠い目)

清水     私たちは平和に溺れて、大事なものを見失っていたんですね・・・。(遠い目)

黒崎     何だこいつら・・・。・・・・・・あ、そう言えば桜香。さっき榎木さんは晩飯の時に居なかったって言ってたけど、いつ帰ってきたんだ。

清水     え? んー・・・、9時くらいかな。そう言えば結構長い時間外に居たね。

黒崎     あの引き篭もりがね・・・。何かあったのか?

清水     もしかして、ずっと探してたんじゃないかな、女の子。

黒崎     3時間近くもか? いくらなんでもそれはないんじゃないか?

清水     んー・・・。あ、そうだ。天川さん。天川さんって確か榎木さんと結構仲良いですよね?

天川     いや、仲が良いつもりはさらさらないけど。まぁ、古い仲ではあるかな。ここに来たのもあいつの紹介だったし。

清水     じゃぁ、榎木さんのことも或る程度は分かりますよね。

天川     まぁ、ホントに或る程度だな。そこまで詳しいわけじゃないぞ。何だ? 何かあいつのことで訊きたいことでもあるのか?

清水     はい。榎木さんって、見た目が10代後半〜20代前半の女の子の知り合いって居ます?

天川     いや、知らないな。そもそも、あいつにそんな知り合いが居るとは思えないけどな。昔から出不精で引き篭もりがちだったんだ。知り合いの数なんて高々知れたもんだし、大抵は俺も知ってるからな。その中にそんな子はいねーよ。

清水     そうですか。

天川     で、何でそんなこと訊くんだ?

清水     今日、私が働いている花屋さんに榎木さんが来たんです。その時、女の子を捜してるって言ってて。

天川     はぁ? なーにやってんだ、あのエノキダケは。夢と現実がごっちゃになってんじゃねーか?

清水     もしかしたらネット友達かな、とか思ってるんですけど。

天川     ネット友達・・・。いや、それはないだろ。基本あいつは研究のことしか頭にないからな。友達を作ろうなんて考えはまず浮かばないさ。そもそも、PCに向かったら研究のことしかしなくなるようなやつだ。ネット友達なんかできる要素がねーよ。

清水     そうですか。

天川     でも、ちょっとそいつは気になるな・・・。あいつが女の子を追い掛けようとすること自体滅多にないことだしな。ちょっと調べてみるか。あー、まあ、俺がその女の子について分かることは今のところなしってわけだ。悪いな、役に立てなくて。

清水     いえ、凄く参考になりました。ありがとうございました。・・・それにしても、天川さんって榎木さんのことに詳しいですね。もしかして付き合ってたりするんですか?

天川     はぁ!? バカ! 誰があんなモヤシエノキダケのことなんか好きになるかよ!

清水     なるほど、付き合ってはないんですね。

天川     当然だろ! 急に変なこと言うんじゃねーよ! それじゃぁ、俺はもう部屋に戻るからな!

清水     はーい、おやすみなさい。

黒崎     ・・・・・・。

清水     分かり易いね、天川さんは。

黒崎     ・・・お前、偶に怖いよな・・・。

清水     ん? 何が?

黒崎     いや、なんでもない。

清水     ん。でも残念だな。女の子については何も分からなかった。

黒崎     まぁ、でも、あの天川さんが本気になって調べだしたら結構早く分かりそうな気がするけどな。

清水     そうだね。・・・くっついちゃえば良いのにな・・・。

黒崎     ・・・何が?

清水     あの2人。凄く良いと思うんだけどね。

黒崎     いや、それはどうだろう・・・。2人が一緒に居る度に言い合いしてるイメージしかないんだけど。

清水     喧嘩するほど仲が良いんだって。昔偉い人が言ったらしいよ?

黒崎     んー・・・、例え天川さんがあんな感じでも、相手が榎木さんだったらどうにもならないと思うんだけど。

清水     ふふ、どうだろうね。

黒崎     ・・・・・・。

清水     さて、そろそろ私たちも部屋に戻りますか。

黒崎     そうだな。桜香は明日も仕事が在るしな。

清水     隼敏もね。

黒崎     夜だけどな。

 

 2人、上手へ捌ける。

 

 暗転

 

 

 

W.

 明転

 冬のある日、夕方。

 居間。

 

 黒崎、座椅子で寝ている。

 魘されている。

 暫くして、目を覚ます。

 

黒崎     はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・、また、あの夢・・・。

 

 榎木、下手から入ってくる。

 

榎木     随分と魘されてたみたいだけど、大丈夫かい? もしかして、またあの夢かい?

黒崎     榎木さん・・・。そうですよ。何度見ても、気分が悪くなる・・・。

榎木     隼敏君にとって、桜香ちゃんは大切な存在だからね。きっと夢の中で失うだけでも精神的なダメージは相当のものなんだろうね。

黒崎     ・・・そうですね。でも、最近は他に何か在る気がするんです・・・。

榎木     他に、というのは?

黒崎     それは何かはっきりとは分かりませんけど。何か、古傷を抉られるような・・・、そんな感覚が有る・・・気がします・・・。

榎木     もう、何度も同じ夢を見ているからね。それが脳に刷り込まれて、再生される度に、過去に見た夢の分まで、君に精神的な負荷を掛けているのかも知れない。

黒崎     少し前から、よく考えるんです。何故こんな夢を見るのか・・・。

榎木     ・・・。それで、答えは出たのかい?

黒崎     いや、はっきりした答えは、得られてません。

榎木     なるほど・・・。オレは隼人君じゃないから、正確な答えは分からないけど、君は恐れているんじゃないかな。桜香ちゃんを失うことを。だから、その恐れが具現化する形で、夢として現れる。これは逆に言えば、隼敏君は桜香ちゃんに対してそれだけ強い思いを持っているということさ。考えようによっては、その夢を見ることを余り悲観することはないと思うよ。

黒崎     ・・・ははは。まさか榎木さんが俺を元気付けてくれるとはね。これは槍でも降ってっきますかね。

榎木     おいおい君ぃ。それは酷いんじゃないかな。オレだって隼敏君には元気であってもらいたいんだよ。隼敏君が辛気臭い顔して、湿っぽい空気を放ってたら面白味と張り合いに欠けるじゃないか。

黒崎     ・・・それは俺の為じゃなくて、榎木さんの為ってことですか?

榎木     まぁ、平たく言えばそういうことになるかな。やっぱり自分は可愛いものだからね!

黒崎     榎木さんらしいですね。何にせよ、気は紛れましたから、一応礼は言っておきますよ。

榎木     そりゃどーも。余り心が篭っているとは思えないけど、しっかり受け取っておくよ。

黒崎     そうしておいて下さい。ところで榎木さん。最近よく外出してますけど、どんな理由があるんですか?

榎木     ははははは、君もまた嫌な訊き方をするね。そうだな、その問いに答えるならば、「探し物をする為」、で良いのかな?

黒崎     それ、本当に俺が納得すると思って言ってます?

榎木     いんや。全然。君がホントに聴きたいのは、オレが探している女の子について、だよね?

黒崎     よく分かってるじゃないですか。

榎木     教えると思うかい?

黒崎     何か代わりの答えくらいは欲しいですけどね。

榎木     代わりの答え、か・・・。「まー、そろそろ見つかると思うから、その時に分かるんじゃないかな」で、良いかい?

黒崎     ・・・悪くないですね。それで良いですよ。

榎木     そうか、それは良かった。いやぁ、君と話すのは実に楽しいね。

黒崎     そうですか。ありがとうございます。

榎木     どういたしまして。・・・さて、そろそろ会議の時間かな。

黒崎     そうですね。桜香ももう帰ってくる頃ですよ。

 

 桜香、下手から現れる。

 

桜香     ただいま! まだ会議始まってないよね?

黒崎     あぁ、まだだよ。後もう少しで始まると思う。

桜香     分かった。じゃぁ、荷物置いてまた来るね。

 

 桜香、上手に捌けていく。

 

榎木     噂をすれば・・・、というやつかな。

 

 犬飼、上手から現れる。

 

犬飼     お、お2人さんお早いご到着ですね。会議だからって張り切っちゃってるんですか?

黒崎     俺は集合の5分前には目的地に到着しているように心掛けているんですよ。

犬飼     社会人の鑑、ここにあり! ですね。さすが黒崎さんです。

黒崎     ついでに言えば、犬飼さんは5分くらい遅刻しても良いんですよ。というか、会議が終わってから来ても良いですね。寧ろ、その方が良い。

犬飼     おーっと、何だか僕は酷い言われようですよ。でも挫けない。それが、犬飼司のアイアンハートなのです!

榎木     鉄の心臓だと伸縮できないから血液を送れないね。つまり司君に訪れるものは、死ということだな。

犬飼     うはん、ダブルアタックが来ましたよ。言い換えれば2人で僕に言葉攻め。

天川     どけ。

 

 天川、犬飼を蹴り飛ばしながら上手より登場。

 

犬飼     うほん! ぶふ! あーっと、遂に出ました! 3連コンボ!! しかし犬飼司、へこたれません!! だって、皆が見ているから!

黒崎     還れ。地中に還れ。

犬飼     うほっ、4連来たー!!

天川     松本と清水はまだ来てないのか?

黒崎     桜香ならもうすぐ来ると思いますよ。

 

 清水、上手から現れる。

 

清水     ごめんなさい。ちょっと遅くなっちゃったかも知れません。

黒崎     大丈夫だよ、まだ松本さんが来てないから。

榎木     噂をすればその2、かな。

 

 松本、上手から現れる。

 

松本     遅れてしまって申し訳ありません。皆さんをお待たせさせてしまいましたね。

黒崎     大体さっき集まったばかりだから大丈夫ですよ、松本さん。

松本     そう言って頂けるとありがたいです。それでは、皆さん、適当な場所に腰を下ろしてください。

 

 皆、適当に座る。

 

松本     さて、それでは会議を始めたいと思います。司会進行は私、松本珠姫が―――

天川     おい、それは硬過ぎねーか? もっと気楽に行こうぜ。皆見知った仲なんだし。

松本     え、あ。そうですよね。すみません。

天川     いや、謝ることはないけど・・・。

松本     では、早速本題に入りたいと思います。今回の議題は、ここ最近頻発している盗難に関してです。皆さんもご存知の通り、数日前よりこのアパートで盗難が相次いでいます。まずは何が盗まれたかを確かめましょう。

犬飼     初めは僕の瞳ちゃんですよ。ホントに犯人は許せません! 瞳ちゃんをあんな目に・・・。瞳ちゃん・・・。瞳ちゃん・・・。あーん、瞳ちゃん!

黒崎     泣くな、鬱陶しい。

犬飼     ・・・そ、そうですよね・・・。悲しくても、いつまでも泣いてちゃダメですよね。今の僕にはこの亜衣ちゃんが居るんだから!

 

 犬飼、新しくなった眼鏡を誇らしげに掲げる。

 

黒崎     ある種凄いネーミングセンスですね・・・。

松本     そして次は、

天川     俺の小銭だな。

清水     財布は1度盗られたけど、戻ってきて小銭だけ盗られていたんですよね。

榎木     変わった泥棒も居るもんだね。

松本     その次の盗難は、

榎木     オレのシャーペンだな。設計図用の銀色のものだよ。

天川     おい、榎木。何で戸締りを徹底し出した後で物盗られてんだよ。

榎木     ちゃんと出入り口の鍵は閉めているさ。ただ窓を開けっ放しにしていてね。俺が留守の間に入られたみたいだ。

天川     このバカエノキダケ! 外出る前は戸締りのチェックしろって言ってるだろーが!

榎木     遮光カーテンを閉めてあるし、そんなに広く窓を開けているわけじゃないから大丈夫だと思ったんだよ!

天川     お前研究ばっかりに没頭しすぎて頭ダメになってんじゃねーのか!? そんなので大丈夫なわけねーだろ!

榎木     良いじゃないか! どちらにしろシャーペン1本で済んだんだ。この時被害は他に広がってない。誰にも迷惑は掛けてないだろう?

天川     物を盗られたっていう情報が出てくること自体が迷惑なんだよ。心配になるだろうがバカモヤシエノキダケ。

榎木     誰が、モヤシで、誰がエノキダケだ! 君だって金を盗られてるだろ! 豪そうなこと言える立場じゃないじゃないか。

天川     それは戸締り徹底前だろ!? 俺は窓もちゃんと閉めてたよ。そう言えば、お前常に窓開けっ放しだったよな。犯人はお前の部屋の窓から入った可能性が高いってことじゃねーか!

榎木     可能性が高いだけであって、そうであるとは言えないだろ!? 憶測だけで物事を判断するのは良くないと思うね!

 

 2人、激しい言い合いが続く。

 

犬飼     さぁ、白熱した言い争いが続いておりますが、そろそろ誰か止めた方が良いと思いますよ! この争いに終止符を打つのは一体誰なのでしょうか! 「そこの2人、そろそろ止めたまえ!!」 おーっと、僕だったぁ!!

天・榎   黙れ!

 

 犬飼、2人の攻撃を受ける。

 

犬飼   おうん! 流石の犬飼司もこれには耐えられない! ばたんきゅ〜。

 

 犬飼、倒れこむ。

 

清水     まぁ、確かにここで言い争っていても仕方のないことですよ。会議を続けましょう。

天川     それは・・・確かに・・・。

榎木     一理あるな・・・。

松本     そうですね。それでは会議を続行しましょう。先ほどの威さんのシャープペンシルが盗まれた以降暫くは、戸締りの徹底の効果が有ったのか、盗難は起きませんでした。しかし、昨日新たにまた盗まれました。

黒崎     俺が食事で使おうとしていたスプーンですね・・・。

清水     吃驚だったよね。ここで皆で食事する為に準備してて。準備が終わって気付けば隼敏のスプーンがなかったもんね。

黒崎     あぁ。居間に皆が居なくなった一瞬を突かれた感じだったな。ところで、何でそんなに楽しそうなんですか、桜香さん?

清水     え、特に意味はないですよ?

黒崎     あー、そうですか。

松本     これらの盗難は全てこの1週間で起こっています。このように集中して起きたということは、同一犯・同一グループである可能性が高いということです。警察にも協力を仰ごうかと考えているのですが・・・。

天川     とは言え、盗まれたものがこんなにつまらないものなら警察に言ったって中々動いてもらえないだろうな。俺たちで何とかするしかないだろう。

榎木     盗まれたものから共通項を探して大体の犯人の目星を付ける、というのがこの場合妥当な手だろうね。

天川     盗まれたものの共通項ねぇ・・・。

黒崎     眼鏡に、小銭に、シャーペンに、スプーンか・・・。

清水     生活用品、とか。

黒崎     小銭は生活用品ではないな。それに、これくらいのものだったら眼鏡や小銭はともかく簡単に購入できる筈だよ。眼鏡にしたって、壊れた状態だったとは言え、戻ってきたし。

天川     あー、考えるのは好きじゃないんだよな・・・。何なら現物ここに持ってこようぜ。全く同じじゃなくても、似たものをよ。

榎木     なるほど。確かにその方が分かりやすいかも知れないね。

 

 4つのアイテムを手分けして取ってくる。

 

清水     犬飼さーん、ちょっと亜衣ちゃんお借りしますね。

 

 清水、倒れこんだ犬飼から眼鏡を取る。

 

 4つのアイテムが揃う。

 

榎木     さて、実際に持ってきたわけだが・・・。

 

 5人、4つの物品を見詰める。

 

松本     これで何か分かるのでしょうか・・・?

 

 5人、暫く物品を見ている。

 

天川     おい、榎木。覗き込むな。影ができて見えなくなるだろーが。

榎木     影ができたくらいで物が見えなくなる視力は、かなり危ないんじゃないかい? ほら、ここに眼鏡が在るよ。これを掛けると良い。

天川     掛けられるか、犬飼の眼鏡なんか! お前が人一倍どす黒い影を落とすから見えないんだよ。視力の問題じゃない。

榎木     君が落とす濁った影よりもオレの影はずっと綺麗だと思うけどね。ほら、君の影がスプーンやシャーペンや小銭の光沢を落としていく。

天川     お前の目は節穴か? 俺の影はどれにも被ってないだろ。お前の影がそいつらの輝きを失わせてるんだよ。

榎木     君の目こそどうかしているんじゃないかい? オレの目が節穴に見えるなんて、それは眼科に行った方が良いかも知れないね。

黒崎     ちょっと待って下さい。

榎・天   ん?

黒崎     2人ともこれらの共通項言ってませんでした?

榎・天   え、いつ?

黒崎     さっきの言い合いの中でですよ。言ってたじゃないですか。「光沢」だとか「輝き」だとか。これらは全部光を反射するものなんですよ。

榎木     あぁ、なるほど。

天川     黒崎、お前冴えてるなー。

黒崎     いや、できれば発言した本人に気付いてほしかったんですけど。まぁ、それは良いか。とにかく、犯人は光るものを盗んでいるんです。その意図は分かりませんが、これで犯人像を浮かび上がらせることができます。その犯人とは・・・

 

 間

 

榎木     烏?

天川     烏か?

松本     烏ですか?

黒崎     ですよねー。

 

 黒崎・天川・榎木・松本、再び考え込む。

 

清水     ・・・あの、質問して良いですか?

松本     はい、どうぞ。

清水     ・・・あの子、誰ですか?

 

 清水、いつの間にか部屋に入ってきている女性を示す。

 

4      え?

 

 4人、示された方を見る。

 

黒天松  誰!?

女性     あ。

 

 女性、榎木を指差す。

 

女性     パパ。

榎以外  パパァ!?

榎木     酉ちゃん!?

 

 黒崎・清水・天川・松本、戸惑う。

 

榎木     酉ちゃん、今まで一体何処に行っていたんだい? 心配したんだよ。

         色んなところ。偶に帰って来てたよ。でも、丁度誰も居なくて。適当に気に入ったもの貰っていってた。

榎木     あぁ、そうかそうか。

天川     おい、ちょっと良いか? その子は誰だ? というか、何だ?

榎木     あぁ、この子は酉と言ってね。謂わば・・・僕の隠し子だよ。

天川     なっ! ・・・かく・・・し・・・ご・・・

 

 天川、倒れる。

 

清水     ヤバイよ。天川さんが大ダメージ受けちゃったよ。

         違うよ、隠し子じゃないよ。あたしはパパが造ったアンドロイドだよ。

清水     ・・・・・・え?(黒崎と同時)

黒崎     ・・・・・・え? 何か今、さらっと凄いこと言いませんでした?

松本     榎木さん、凄いです。アンドロイド、ちゃんと完成させていたんですね。

榎木     おう、お陰さまでね。

黒崎   え? ちょっと待ってください。俺ついていけてないんですけど・・・。

榎木     あー、まぁ、この子がばらしちゃったから言うけど、俺はアンドロイドの研究をしてて、この子がその産物・・・みたいなもの。正直若干失敗作だ。

         え? あたし失敗なんだ。もう、ちゃんと造ってよね。

榎木     あー、ゴメンねー。

黒崎     えーと・・・。取り敢えず訊くけど、その漫才、何処から突っ込んだら良いですか?

榎木     いや、残念ながら漫才じゃなくて、全部本当なんだよね。この子はオレが造ったアンドロイドなんだ。ただ、造って間もなく脱走しちゃってね。放っておくわけにも行かないから、探していたわけさ。

黒崎     じゃぁ、榎木さんが探していた女の子っていうのは・・・。

榎木     そう。この酉ちゃんだよ。ホントはお披露目する気はなかったんだけどね。こういう形で見つかったわけだし、一応紹介しておいた方が良いよね。

黒崎     ・・・。あの、さっきから気になっていたんですけど。その子、何か持ってません?

         ん? これ?

 

 酉、手に持っているものを見せる。

 その手にはスプーンが握られている。

 

黒崎     ・・・それ、俺のスプーンじゃないですか・・・?

         わかんない。ここで拾った。

楠木     どうやら隼敏君のみたいだね。どうも今まで盗みを働いていたのも、この子だったみたいだよ。実はこの子、戯れに烏の頭脳もインプットしてみたんだよね。そしたらどうも、光るものを収集する癖が付いちゃったみたいで。

松本     でも、見つかって良かったですね。犯人も分かったことですし、これで一件落着ですね。

黒崎     え、それで良いんですか!? 何か他にもっとあるものじゃないんですか?

榎木     ま、盗難事件は解決したし、良いんじゃないかい?

黒崎     いや、だって。元を辿れば榎木さんの所為じゃないですか。そこのところはどうなるんですか?

松本     大丈夫ですよ。酉さんは彼の許に戻りましたから、もう盗難は恐らく発生することはないでしょう。そうですよね?

榎木     あぁ。この後酉ちゃんのデータを少しだけ書き換えとくから、もう盗みを働くようなことはしない筈だよ。

松本     ですから、問題ありませんよ。元々盗まれたものも、大したものではありませんから。

黒崎     ・・・余り良いとは思えないけど、まぁ松本さんが良いって言うなら良いか。ただ、疑問が残るんですけど。盗んだ他のものは何処に行ったんですか?

         ポケットの中。ポケットに入らなかったものは捨てた。

黒崎     あー・・・、その結果があの眼鏡ね・・・。

         あ、眼鏡。パパ、あれ貰って良い?

 

 酉、犬飼の眼鏡を指差す。

 

榎木     あぁ、オレは別に構わないよ。

         わーい。

 

 酉、眼鏡を鷲掴みにし、ひとしきり眺めてポケットに突っ込む。

 

黒崎     ・・・榎木さん、何を考えてこの子を作ったんですか?

榎木     研究の為さ。コンピュータ上の仮想アンドロイドではなくて、現実に動くアンドロイドのデータも収集したいと思ってね。

黒崎     それにしても、もっとマシなものを作って下さいよ。役に立つような。

榎木     役に立つ、ね。余り高性能なものを造ってしまうと、それに人間が振り回される可能性があるからね。隼敏君も注意した方が良いよ。

黒崎     は? 俺は無機物に振り回されるほど愚かじゃないですよ。そこの犬飼さんじゃあるまいし。

榎木     そうかぁ。それなら良いんだ。それじゃぁ、俺は自分の部屋に戻るよ。行くよ、酉。

         はーい。

 

 榎木・酉、上手へ捌けていく。

 

松本     可愛らしいアンドロイドさんでしたね。

黒崎     ・・・松本さんは知ってたみたいですね。榎木さんがアンドロイドを造っていること。

松本     はい。以前威さんから聴きましたので。黙っていて申し訳ありませんでした。彼が大っぴらにはしたくないと仰っていましたから。

黒崎     いや、別に構いませんよ。ただ、何を考えてアンドロイド造りをしているんだか・・・。・・・考えても仕方ないか。それよりも、今はこの状況ですね。犬飼さんはどうでも良いとして、天川さんは何とかしないと・・・。それから桜香・・・。

 

 黒崎、清水に近付く。

 清水、ボーっとしている。

 

黒崎     桜香。おい、桜香。

清水     ・・・ん? うあ!? あ、どうしたの隼敏?

黒崎     いや、それはこっちの台詞だよ。ボーっとして。

清水     え? うん、ごめん。ちょっと、考えごとしてた。

黒崎     ・・・そうか。・・・。よし、取り敢えずここで寝てると風邪引くだろうから天川さんを部屋まで運ぼう。

清水     うん、分かった。

黒崎     松本さん。ここは俺らが適当に何とかしておきますから、松本さんは部屋に戻って良いですよ。

松本     そうですか。申し訳ないです。ありがとうございます。

黒崎     はい、それじゃぁまた。

松本     えぇ、夜の食事の時に会いましょう。

 

 松本、上手へと捌けていく。

 

黒崎     さて。天川さんを部屋まで運ぶわけだけど。起こすのは悪いから、このまま肩で支えて連れて行くか。

 

 黒崎・清水、それぞれ天川に肩を貸して支える。

 

黒崎     よし、オーケー。後はこれで部屋まで行こう。

 

 3人、上手へ捌ける。

 

 犬飼、目を覚ます。

 

犬飼     犬飼司ふっかーつ!! 素早い回復で地の底から這い上がって来ましたよ! って、あれ? 何か視界がぼやけてませんか。・・・・・・。っは! 亜衣ちゃん! 亜衣ちゃんが居ない! 亜衣ちゃん! 亜衣ちゃーん!!

 

 暗転

 

 

 

X.

 明転

 W.と同日、夕食後。

 居間。

 

 部屋には、犬飼と天川が居る。

 

犬飼     亜衣ちゃんが・・・。亜衣ちゃんが・・・、壊れて・・・。亜衣ちゃん・・・。

 

 犬飼、うわ言を呟いている。

 

天川     さっきからブツブツブツブツ煩いな。ちゃんと返ってきたんだから良かったじゃねーか。

犬飼     良くないですよ! ぐちゃぐちゃになってたんですよ! 瞳ちゃんに続いて亜衣ちゃんまでもが犠牲になったんです! 僕の亜衣ちゃんを誘拐するに飽き足らず、こんなになるまで痛めつけて・・・。酷過ぎます! 許せませんよ!

天川     だったら直接本人に喧嘩売りに行けば良いじゃねーか。犯人だって分かってんだからよ。

犬飼     確かにそうですけど、今榎木さんの部屋には面会謝絶の札が下がってますから入れないのですよ。

天川     ・・・お前、妙なところ律儀だな。だったら諦めろ。丁度良い機会じゃねーか。もう眼鏡に恋するのは止めて、人間の女でも探せよ。

犬飼     そんな、僕に瞳ちゃんや亜衣ちゃんや真菜子ちゃんを裏切れって言うんですか!?

天川     眼鏡を裏切るって何だよ。って、ちょっと待て。何か1つ増えてないか? 何だ、真菜子って?

犬飼     真菜子ちゃんですよ。僕の新しいパートナーです!

 

 犬飼、自分の掛けている眼鏡を掲げる。

 

天川     ・・・あー、そうだな・・・。前々からお前に丁度良い病院でも紹介してやろうかと思っていたが、最早お前を治せる医者は居そうにないな。

犬飼     何せ僕は病気なんかじゃありませんからね!

天川     そうだな。お前自体が病原菌だからな。お前が病気に掛かっているわけではないな。

犬飼     えぇ、僕は病気に掛かっているわけではありません。分かってくれましたね。

天川     あぁ、そうだな。お前はどうも分かってないようだけど、分かったことにしておくよ。

犬飼     流石天川さんです! 僕を理解してくれています! そんな天川さん、僕と一緒に黙祷を捧げましょう!

天川     何だよ、黙祷って。何に対して捧げるんだよ。

犬飼     決まっているじゃないですか。瞳ちゃんと亜衣ちゃんにですよ。僕は思ったんです。いつまでもくよくよしていてはいけないと。ここできっちりケジメを付けて、前進しなくてはいけないと。そうじゃないと真菜子ちゃんにも失礼ですからね。だから、2人に黙祷を捧げて、しっかりと区切りを付けて前に進むんです! さぁ、天川さん、是非!

天川     断る。

犬飼     やはん、断られた。

天川     その心掛けは悪くないと思うけど、俺を巻き込むな。やるなら1人でやれ。俺は全然関係ないんだからな。

犬飼     ・・・。分かりましたよ。1人でやれば良いんでしょう。じゃぁ、天川さん。そこに居て僕の愛の黙祷をしっかりと見ていて下さい。溢れ返る愛が瞳ちゃんや亜衣ちゃんに注ぎ込まれるのを、その目で堪能して下さい!

天川     お前、全国の瞳って名前の人と亜衣って名前の人に謝ってこい。

犬飼     それじゃぁ、行きますよ!

天川     無視かよ!

 

 犬飼、大麻(おおぬさ)を装備!

 シャッシャと振り始める。

 

天川     おい、待て。それは黙祷じゃなくて、祈祷かお祓いじゃないのか?

 

 犬飼、無心に振り続けている。

 

天川     ・・・ダメだ、こいつ。

 

 黒崎、上手から現れる。

 

天川     お、黒崎。

黒崎     ・・・何かに取り憑かれてるんですか?

天川     その方がずっとマシだな。あいつは大真面目に黙祷を捧げてるんだ。

黒崎     黙祷? 俺にはお祓いか祈祷に見えますけど。

天川     あぁ、お前は正常だ。あれが黙祷に見える方が危ない。

黒崎     でしょうね。・・・一応訊いてみますけど、何がどうなって、この状況になったんですか?

天川     あいつの眼鏡がお陀仏しちまったんで、それらに黙祷を捧げるんだってよ。どうやら一般人には理解し得ない新しい黙祷らしいけどな。

黒崎     そうですね。俺もこんな黙祷は初めて見ました。・・・あのー、もう1つ訊きますけど。今犬飼さんが掛けている眼鏡って新しいやつですよね?

天川     あぁ、そうだな。3つ目の眼鏡だ。

黒崎     まさか、あの眼鏡にも名前が付いていたりするんですか・・・?

天川     真菜子だそうだ。

黒崎     ・・・飽くまでも眼に拘るんだな・・・。犬飼さんのネーミングセンスには脱帽しますね。

天川     あー、そうか。瞳も亜衣も真菜子も全部眼に関する言葉だったのか。

黒崎     え・・・、今更気付いたんですか? 普通すぐに分かるものじゃないですか?

天川     悪かったな、鈍感で。良いんだよ、別に。そんなこと分からなくたって生きていける。

黒崎     確かに、そうですね。それにしても、もう大丈夫みたいですね。

天川     何がだ?

黒崎     榎木さんが酉のことを隠し子って言った時に相当ショック受けてましたけど。倒れるくらいでしたからね。

天川     なっ! バカ! あれは、あいつがアンドロイドなんか造ってるなんて知らなかったから、それに驚いたんだよ! 別にあいつに隠し子が居たとしても、俺は何ら問題ないぞ!

黒崎     時系列狂ってますけど。確か、天川さんが酉のことをアンドロイドだって知ったのは、さっきの夕食の時ですよね。

天川     そんなことないぞ! 確かにお前らから酉がアンドロイであることを聴いたのは夕飯の時だ。でも、俺はあいつを見た瞬間にアンドロイドだってことが分かったんだよ! 俺の目は誤魔化せないんだ。そうだ。そうに違いない!

黒崎     ・・・まぁ、そういうことにしておきますよ。

天川     しておくというか、そうなんだよ!

黒崎     話を聴くまでは天川さん、グロッキーでしたけどね。

天川     だから、それはお前、皆にあいつがアンドロイであることを言うか言うまいか悩んでたんだよ! で、話聴いたところ、皆知ってるようだったから安心したんだ! あぁ、そうだ! その筈だ!

黒崎     分かりましたよ。初々しい反応、ありがとうございます。

天川     初々しいって何だよ! あー、もう! この話はこれで終わりだ!

黒崎     そうですね。この辺にしておきますよ。

天川     ・・・引っ掛かる言い方だが、まぁ良いよ。ところでお前、清水と一緒に居たんじゃないのか?

黒崎     あぁ、今桜香は風呂に入ってますんで。暇だったんでこっちに来ただけです。

天川     何だ。一緒に入ったりしないのか。

黒崎     あの狭い風呂場にどうやって一緒に入るんですか。この居間みたいに住人皆が使える浴場とかなら話は別ですけど、このアパートに在るのは各部屋に割り当てられたものだけなんですから。

天川     1人洗い場、1人浴槽に居れば2人で入れるだろ。

黒崎     いや、あれは何というか、窮屈ですよ。正直無理が有ります。

天川     ということは試したことがあるんだな・・・。若いって良いなぁ、おい! 羨ましいなぁ、この!

 

 天川、黒崎をどつく。

 

黒崎     ちょ、やめて下さいよ。何か若干怨念こもった感じになってますよ。痛いし・・・。

天川     あーっと、悪い悪い。いや、まぁ、良いことだと思うぜ。羨ましい野郎だよ。

黒崎     そんなに羨ましがるなら天川さんもアクション起こしたらどうですか? って、桜香なら言ってますよ。

天川     アクションって、俺彼氏とか居ねーし。どうしようもねーだろ。

黒崎     その前段階ですよ。まぁ、これ以上は俺も言いませんけど。恥ずいし。気になったら今度桜香にでも訊いてみたら良いですよ。

天川     んー、まぁ、気になればそうするか。

黒崎     あぁ、そうそう。それで思い出しましたけど、

犬飼     じょおおおおおおおおおおおぶつうううううううううううう!!(台詞は何でも可)

黒・天   !?

 

 犬飼、黙祷(?)を終える。

 

犬飼     瞳ちゃん、亜衣ちゃん、安らかに・・・。・・・よしっ。終わりました。

黒崎     空気読め。

犬飼     いやん、怒られた。あれ、黒崎さん。いつの間に来ていたんですか?

黒崎     犬飼さんが怪しい踊りをしていた時ですよ。何なんですか、あれは一体。

犬飼     怪しい踊りって、黙祷のことですか? 嫌ですねぇ、黒崎さん。あれはどこからどう見ても黙祷じゃないですか。

天川     そうか、あれが黙祷か。随分前衛的な黙祷だったな。初めて見たぞ。

犬飼     いやいや、そんな褒めないで下さいよ。照れるじゃないですか。あ、そうだ。どうやらお2人とも黙祷を知らないようですし、良かったら僕が教えましょうか?

黒崎     やめて下さい。

天川     俺も遠慮しよう。

犬飼     大丈夫ですって。お2人とも僕の体力を気遣ってくれてるんでしょうけど、僕はまだまだ余裕が有りますから。あと10回くらいはできますよ。ですから是非、僕と一緒に素敵な汗を流しましょう!

黒崎     誰もあなたの心配なんてしてませんよ。そもそも、汗を掻くような黙祷自体おかしいですよ。

天川     お前、黙祷の意味分かってるか?

犬飼     それくらい分かりますよ、バカにしないで下さい。黙って祈ることでしょう? ちゃんと実行していたじゃないですか。

天川     確かに喋ってはなかったけど、雰囲気が賑やかだったんだよ。黙祷ってのはもっと静かなものだろ。

犬飼     そんな、黙ってじっとしていろって言うんですか!? それだと気持ちが通じるわけがないじゃないですか。身体全体で表現しないといけませんよ。

黒崎     情緒の欠片も感じられませんでしたよ。きっとあれでは逆効果ですね。

犬飼     そんな。そんな筈ないですよ。きっと、瞳ちゃんと亜衣ちゃんには僕の溢れる愛が伝わっています。それはもうダムが決壊したかのごとくドドドーっと。

天川     お前今すぐその名前の人に謝ってこい。

犬飼     伝わってきましたよね、黒崎さん!

天川     また無視かい!

黒崎     残念ながら俺の名前は隼敏なんで、分かりませんね。

犬飼     感じ取れましたよね、天川さん!

天川     俺に振るな。もう良いよ、そういうことにしておいてやるよ。

犬飼     流石天川さん! 僕の良き理解者です。黒崎さんとは大違いですね。逆立ちしても追いつけませんよ。いや、一生掛かっても無理ですね。いやいや、転生してもこれはどうしようもないでしょう。

黒崎     還れ、部屋に還れ。

犬飼     あーっと、出ました! 黒崎さんの汎用以下略『還れ』! しかも今回は現実的です! 一体この変化にはどのような精神状態が作用したのでしょうか!? 解説の天川さん!

天川     良いから部屋に帰れ。

犬飼     おふん、ここでダブルかえれが発動しましたー! 素晴らしいコンボです! しかし、このコンボ、まだ続くようです! 「君たちが返れ」おーっと、しかも続けたのは何と犬飼さんだー!!

黒・天   還れ!

 

 黒崎・天川、同時に犬飼を攻撃。

 

犬飼     5連キター!!

 

 犬飼、半ば押し出されるように上手へ捌けていく。

 

天川     ったく。あいつはどうにかならないのか・・・?

黒崎     どうにかなるんなら、今頃こんなに苦労はしてませんよ。

天川     確かにな。しかし、あいつと一緒に居ると無駄に疲れるな。仕事から帰った直後ではち会うとかなりキツイ。

黒崎     榎木さんの分析結果によると、あれは全て計算して行っているそうですよ。

天川     はぁ? 嘘だろ。あいつはどう見ても本能の赴くままに行動しているようにしか見えないぞ。

黒崎     俺にもそう見えますけど。ただ、榎木さんが言うには犬飼さんはかなりのマゾであり、かなりのサディストでもあるみたいですよ。

天川     あー、前者は分かるな。でも、あいつに後者の要素が有るとは思えないんだが。

黒崎     犬飼さんの日頃の言動自体がそれらしいですよ。態と変なことをやって、相手を振り回して、疲れさせる。その疲れた顔や苦しそうな顔を見るのが好きなんだそうです。

天川     気持ち悪・・・。それが事実なら、あいつはかなり計算高い男になるぞ。

黒崎     そういうことになりますね。現段階では信じられませんけど。

天川     信じたくもないな・・・。あ、そう言えば黒崎。お前何か言い掛けてなかったか? ほら、あいつが突然叫ぶ直前に。何か思い出したって。

黒崎     あぁ、そうだ。天川さん、例の約束覚えてますよね。

天川     お前との約束と言えば・・・清水にお前から訊けないことを訊いてやるってやつか?

黒崎     そうです。

天川     何だ黒崎ぃ。清水がお前には言わないあんなことやこんなことが知りたくなったのか? よぉし、ここは1つ俺が訊いてきてやろう。で、何を訊けば良いんだ?

黒崎     桜香に、何か悩み事がないか訊いてくれませんか?

天川     ・・・・・・。まぁ、建前は置いといて、ホントに訊きたいことは何だよ?

黒崎     さっきのがそうですよ。何か悩んでないかどうか、訊いてほしいんです。

天川     お前なぁ・・・。滅多にないチャンスだぞ。そんなことに使って良いのか? 大体、悩みが有るかどうかなんて自分で訊けるだろーが。

黒崎     訊きましたよ。でも、特にないって言ってたんで。

天川     じゃ、ないんだろ?

黒崎     俺に言えない悩みが有るのかも知れないじゃないですか。それを知りたいんです。

天川     ・・・俺が言えた義理じゃないかも知れんが、女が男に言わない悩みを詮索するもんじゃないと思うぞ。

黒崎     何でも訊いてくるんじゃなかったんですか?

天川     まぁ、約束したからには訊いてやるけど。内容によっては、有ったとしてもお前に言えないかも知れないぞ。

黒崎     別にそれで良いですよ。有るかないかさえ分かれば良いですから。

天川     そうか。まー、分かった。近い内に訊いておいてやるよ。

黒崎     桜香がここに来たら入れ違いで俺が風呂に入ろうと思うんで、その時に訊いておいてくれませんか?

天川     随分急ぐんだな。何かあるのか?

黒崎     いや、ただ気になってるだけですけど。

天川     そうさせる何かがあったってことだな。何があったんだ?

黒崎     訊きますか、そういうの?

天川     情報料だよ。俺がお前にやる情報の前請け金みたいなもんだ。

黒崎     情報料って、この前の分でお釣り分も支払いが終わったじゃないですか。

天川     これは必要経費だよ。何も知らない状態では訊けないことだってあるだろ。相手との立場をイーブンにする為に訊いておくんだよ。

黒崎     ・・・分かりましたよ。会議が終わってからずっと様子が変だったんで気になったんですよ。

天川     清水の?

黒崎     そうですよ。他に誰が・・・。あー、天川さんもそうでしたね。

天川     バカ! 俺は違うっての!

黒崎     まぁ、そういうことです。あの、まさかとは思うけど、桜香に訊く時に俺に頼まれたなんて言わないで下さいよ。

天川     言うわけねーだろーが。これでも俺は口が堅いんだよ。

黒崎     ふーん・・・。

天川     何だ、その目は・・・。

黒崎     いや、何でもないですよ。天川さんは本人の目の前で美味しい条件をばらす人じゃないですからね。

天川     だから、あれはお釣り分を返してもらったんだよ。それに場合によっては2回訊いてやるって言っただろ? お前も根に持つなぁ。

黒崎     分かってますよ。あぁ、さっき言った2回訊けることも忘れないで下さいよ。

天川     それも俺が清水に訊いた時の難易度次第だけどな。

黒崎     あ、桜香。

 

 黒崎、上手を見る。

 清水、少しして上手より登場。

 

清水     隼敏。天川さんも一緒に居たんですね。

黒崎     あと、犬飼さんもさっきまで居たな。その相手をやってたから風呂入りそびれたんだ。悪いけど、今から行ってきて良いか?

清水     うん、良いよ。いってらっしゃい。

黒崎     いってきます。

 

 黒崎、上手へ捌けていく。

 

天川     トコロテンみたいだな、お前ら。

清水     トコロテンだったら隼敏は反対側に出てますよ。

 

 暗転

 

 

 

Y.

 明転(少し薄暗い)

 W.X.と同日、深夜。

 居間。

 

 部屋には、黒崎が居る。

 携帯で通話中。

 間もなく通話が終了する。

 

黒崎   悩んでいることはある・・・。けど、その内容は言わなかった・・・、か・・・。

 

 黒崎、溜息をつく。

 

 清水、上手から入ってくる。

 上手口横の電気のスイッチを押す。

 部屋が明るくなる。

 

清水     隼敏、ここに居たんだ。

黒崎     桜香か。

清水     部屋に居なかったから多分ここかなって思ったけど。何してるの?

黒崎     んー、・・・何も。ボーっとしてた。

清水     ふーん。隼敏にしては珍しいね。

黒崎     そうかな。

清水     そうだよ。

黒崎     ・・・なぁ、桜香。

清水     何?

黒崎     あの会議の時、どうしたんだ? あのアンドロイドが現れてから様子が変だったぞ。

清水     そうかな?

黒崎     そうだよ。口数も少なかったし。晩飯も余り食べてなかっただろ。

清水     ・・・・・・そうだね。

黒崎     何かあるんじゃないか?

清水     ・・・・・・。隼敏はさ・・・、どんなことがあっても私を嫌ったりしない?

黒崎     ・・・え? 何だよ、突然。

清水     人の心って移ろい変わるものでしょ? でも多分私の気持ちは変わらない。ずっと隼敏のことが好き。隼敏にどんなことがあっても、多分ずっと好きなままだと思う。隼敏は・・・それに耐えられる?

黒崎     ・・・あぁ。

清水     ・・・私、怖いんだ。隼敏に私のこと知ってほしいって思うけど。でも同時に、知ってほしくないとも思ってる。知られたら、嫌われそうな気がして。そうなると、隼敏のことがずっと好きな私は、意味のないものになっちゃう。それが、怖いんだ・・・。

黒崎     誰でもそうだよ。自分のことを知ってほしい。でも、それで嫌われたくない。

清水     ・・・多分私は空っぽなんだと思う。

黒崎     空っぽ?

清水     うん。何もないの。私の中には。私は私が原動力じゃなくて、隼敏が原動力。隼敏が居ないと私は何もできない。隼敏が居ないと、私は生きられない。隼敏が居ないと、私は存在し得ない。そんな、曖昧な存在なの。

黒崎     ・・・桜香。

清水     ごめんね、こんな話して。でも何か、怖くて。明日には自分が居なくなっちゃいそうで。だから・・・。

黒崎     ・・・大丈夫だよ。俺は、ずっと桜香が好きだから。

清水     ・・・ありがと。

黒崎     こっちこそ・・・、ありがとう。

清水     ・・・何で?

黒崎     今、ここに居てくれて。

清水     ん・・・。

黒崎     ・・・。夢を見るんだ・・・。数ヶ月前から。

清水     どんな夢?

黒崎     桜香と一緒に散歩する夢。

清水     前に言ってたやつ?

黒崎     うん。

清水     夢の中の私たちは、幸せそう?

黒崎     ・・・うん・・・。

清水     どんな話してるの?

黒崎     ・・・お祭りの話。

清水     お祭りかぁ・・・。私大好きだからね。お盆にあるあのお祭りでしょう? 川沿いの土手に屋台が一杯並んで。普段人通りが少ないところなのに、その日は大勢の人で賑わうの。それを見るだけでウキウキする。

黒崎     ・・・・・・。

清水     色んな屋台廻るのが好きだな。色んなもの食べたり、くじ引きしたり、金魚すくいしたり、射的したり、色んなもの食べたり。・・・でも、やっぱり一番好きなのは

黒・清   花火。

清水     え?

黒崎     ・・・夢の中で桜香が言ってた。お祭りの中で1番好きなのは、花火だって。空に咲く大輪と、水面に散る光の花びらが綺麗だって。

清水     うん。・・・花火はさ、咲いたと思ったらすぐに消えて、また次のが咲いて。色も形も様々な花たちが次々と現れて楽しませてくれるんだよね。でも、11つの花たちを見たら、儚くて。水面に映る光が、花弁を落として散っていった花の最期のように見えるの・・・。私も、今は空で目一杯輝いてるけど、いつかは川に落ちて潰えるのかな・・・なんて。儚いからこそ、輝いている姿が映えてくるんだよね。だから、私は花火が好き。

黒崎     ・・・・・・。

清水     隼敏?

黒崎     ・・・ん・・・。

清水     泣いてるの?

黒崎     ・・・。

清水     ・・・大丈夫。私はここに居るよ。

黒崎     ! ・・・。

清水     まだ先だけどさ。お祭り、行きたいね。

黒崎     ・・・うん。

清水     今年は行けなかったから。来年は一緒に行こう。

黒崎     ・・・うん。

清水     色んな屋台廻ろうね。

黒崎     ・・・・・・うん。

清水     一緒に花火見ようね。

黒崎     ・・・・・・うん。

清水     約束だよ。

黒崎     ・・・・・・・・・うん。

清水     ・・・・・・そう言えば、見つかったね。

黒崎     ・・・・・・ん?

清水     女の子。

黒崎     ・・・あぁ。

清水     結局榎木さんの知り合いとかじゃなくて、榎木さんの造ったアンドロイドだったけど。

黒崎     あぁ。

清水     隼敏はさ、アンドロイドのこと、どう思う?

黒崎     ・・・どう、って?

清水     んー、何て言うか、率直な意見。

黒崎     ・・・あんなにまで人に似せることができるんだな。

清水     そうだね。でも喋るとやっぱり、どこかおかしいね。

黒崎     榎木さんは失敗作って言ってたけど。あれで失敗なのか。

清水     多分、より人間に近いものを造りたいんだと思うよ。

黒崎     造ってどうするんだろう。何の為に造ってるのか、俺には理解できないな。

清水     きっと、誰かの役に立つよ。役に立たなくなったら、それでおしまいだから・・・。

黒崎     え?

清水     機械は皆そういうものでしょう?

黒崎     まぁ、そうだな。・・・じゃぁ、桜香はどう思ったんだ? アンドロイドを見て。

清水     ちょっと・・・、悲しいかな・・・。

黒崎     ・・・なんで?

清水     だって、あぁやって造られた命は初めからその存在する理由を与えられて生まれてきたんだよ。人間はそれを自分で決めることも、変えることもできるけど、アンドロイドは変えることができない。存在する理由のなくなったものは存在する必要がない。恐らくそうなると、アンドロイド自身、自己の崩壊から存在することができない。でも、どんなアンドロイドだって、破壊とかされない限りは、自己が崩壊して終わる・・・。そんな終わり方、嫌だよ・・・。

黒崎     詳しいね。

清水     教えてもらったことだよ。

黒崎     誰から?

清水     誰だと思う?

黒崎     分からないから訊いてるんですけど?

清水     それもそうだね。答えは榎木さん。

黒崎     榎木さん? え、それっていつ?

清水     秘密。

黒崎     何だよ、それ・・・。

清水     さて、明日も仕事があるし、そろそろ寝ますかー。

黒崎     あー、俺昼寝したからそんなに眠くないんだ。悪いけど、俺はもう少しここに居させてもらうよ。

清水     はーい。じゃ、おやすみー。

黒崎     おやすみ。

 

 清水、上手へと捌ける。

 

 黒崎、携帯電話を掛ける。

 

黒崎     もしもし、今大丈夫ですか? あ、寝てました? 早いですね。さっき電話してたばかりじゃないですか。あぁ、すみません。さっきはありがとうございました。

            で、本題に入りますけど。はい。もう1つ訊いてほしいことが在るんです。良いですか? ありがとうございます。訊いてほしいことは

 

 暗転

 

 

 

Z.

 明転

 ある日の冬、夕方。

 居間。

 

 部屋には、榎木と酉と犬飼が居る。

 榎木・酉、2人で何かゲームをしている。(言葉を発するゲーム以外なら何でも可)

 犬飼、スケッチブックに何やら描いている。

 

 天川、下手から入ってくる。

 

天川     ただい・・・。何やってんだ、お前ら?

榎木     お、おかえり、恵雫ちゃん。

天川     気持ち悪いから『ちゃん』はやめろ、このエノキダケ。

榎木     誰がエノキダケだ。オレは名前で呼んでいるというのに、君という人は・・・。大体恵雫ちゃんは口調をもっと考えるべきだよ。女の子なんだからね。

天川     うるせーなぁ。良いじゃねーか、そんなのどーでもよぉ。別にお前に害を与えてるわけじゃねーだろ?

榎木     確かにオレには害は与えてないけどね。ただ、自分自身には害を与えてるんじゃないかな。勿体無いことしてると思うよ。

天川     俺に害? そんなの在るわけねーだろ。俺が好きでやってんだ。それにどんな害があるって言うんだよ。

榎木     君は今まで男性と交際関係を持ったことがあるかな?

天川     何だよ、いきなり。

榎木     どうやらないようだね。その原因の1つに君の口調が入っているとは思わないかい?

天川     ほっとけ。この口調が気に入らないならそいつは俺と合わなかっただけだ。どうせ付き合ったって長くは持たねーよ。

榎木     君が心構えを変えれば、それもまた変化するかも知れないよ。

天川     知るか、そんなの。そもそも、自分が作ったアンドロイドと遊んでるやつなんかに言われたきゃねーよ。お前唯でさえ知り合い少ねーのに、そんなことしてたら益々減っていくぞ。

榎木     オレは良いんだよ。それでも生きていけるからね。でも君はどうだい? 君はきっと孤独には耐えられないだろう。

天川     あぁ、そうだな。孤独になりたいとは思わないし、それを無理して耐えようとも思わねーよ。お前みたいな非人間的な生活は好んでないんでね。

榎木     それは結構。確かに君には人間的な生活の方が向いていそうだね。そう言えば、好きな人も居るようだし。

天川     っな! バカ! 俺にそんなやつが居るわけないだろ!

榎木     君は実に分かり易いね。自分のことで隠したいことが有れば、そうやってすぐに慌てる。

天川     慌ててなんかねーよ! 出鱈目言うな!

榎木     何なら誰が好きか当ててあげようか?

天川     な、バカ! やめろ! アホ!

榎木     ハハハ。君は実にからかい甲斐があるね。益々苛めてみたくなるよ。

天川     やめろ、この変態! それ以上言うと殴り飛ばすぞ!

榎木     できるのかい、君に? 君は根は優しいからね。そう簡単に

 

 天川、榎木を殴る。

 

榎木     ほぐわぁっ!? え、ちょ、恵雫ちゃん、本気?

天川     良かったな、まだ本気じゃないぞ。俺が本気出してたら今頃お前の○○(何でも可)はタダで済んじゃいねーからな。

榎木     なるほど・・・。タダより高いものはないってね。さっきのは中々高くついたということだな。それじゃぁ、続きと行こうか。

天川     何の続きだよ。

榎木     恵雫ちゃんの好きな人はこの居間に居る。

天川     おい、ちょ、待て! その続きはもう良いだろーが! 好い加減にしねーとさっきよりも強いのブチかますぞ!

榎木     その好きな人とは、

天川     だからやめろって!

榎木     司君だぁ!

 

 間

 

榎木     どうだ、オレの推理は完璧だろう。

 

 天川の攻撃!

 榎木に1024のダメージ!

 

榎木     ぶふぅ!? な、何で・・・。

天川     何でじゃねーよ、このバカエノキダケ! 誰があんなド変態を好きになるか!

榎木     おいおい、君も中々過激な発言するね。自分の好きな人に対してド変態とは。この上なく鬼畜な愛情表現だよ。

天川     だから、違うって言ってんだろーがぁ! 俺はあんな奴好きにもなれねーよ! 俺が好きなのはてめーだってーの!

榎木     ・・・・・・え?

天川     ・・・・・・あ。

 

 間

 

天川     うん、今のは冗談だ。忘れてくれ。

榎木     いや、今君思いっ切り「あ」って言ったよね。 その「あ」ってどういうことかな?

天川     何でもない。何でもないんだ。そうだ。そうに違いない。寧ろ、そうじゃないとおかしい。あたしは何も言ってないんだ!

榎木     待て、暴走しないでくれ。取り敢えず、話を整理しよう。

天川     違う! 違うの! あたしは何も言っていない! そう! その筈! いや、仮に言ってしまっていたとしても、これは夢! そう、夢に決まっている! さぁ、現実の世界のあたし、今すぐ目を覚ますのよ!

榎木     いや、話の整理よりも君の頭の整理が必要のようだね。取り敢えず、目を覚ますべき恵雫ちゃんはここに居るからね。

天川     違うのぉ! あたしは何も言ってないのぉ! 信じてよぉ! 寧ろ信じなきゃダメなのぉ! 悪いのはあたしじゃない! 何も言ってないんだからぁ!

榎木     ダメだ、これは・・・。さてさて、困ったもんだねぇ。告白されちゃったよ、オレ? どーするよ。

天川     告白なんかしてないよぉ! してないのぉ! ねぇ、何も聴いてないでしょぉ!?

 

 天川、暴走している。

 口調は女言葉。

 

犬飼     天川さん、ちょっと静かにしてもらえませんか? って言うか黙れ。

 

 犬飼、いつもと雰囲気が違う。

 

天川     はっ! 俺は何を・・・。確か榎木と話してて、何か流れで告は・・・。そうだ! 告白しちまったんだ! うわー・・・。

犬飼     だから黙れと言ってるんですけど、分かります?

天川     煩い! それどころじゃねーんだよ!

犬飼     煩いのはてめーだって言ってんだよ!

天・榎   !?

犬飼     さっきからワーワーワーワー騒ぎまくって。鬱陶しい。ラブコメしたいんなら部屋行ってしてもらえます? ここでやられてると目障りなんですよ。

天川     えーっと・・・。犬飼・・・だよな?

犬飼     そうですけど? 他に何に見えるんですか?

天川     いや、うん、犬飼・・・だな。うん。(榎木に)・・・どういうことだ、これ? 何かいつもの犬飼とは違わないか?

榎木     どうやら、司君は絵を描いている時は人が変わるようだね。いや、これが素なのかも知れないけどね。あー、司君、邪魔をして悪かったね。

犬飼     まぁ、良いですよ。大体できましたし。今後は気をつけて下さいよ。それじゃ、僕はこれから色を塗るんで、部屋に戻ります。

榎木     あぁ。あ、そうだ。ちなみに、何を描いていたんだい?

犬飼     そんなの知って何になるんですか? まぁ、教えることに損はないので言っても良いですけど。

榎木     是非頼むよ。

犬飼     酉さんですよ。アンドロイドである彼女を描いてみたくなりましてね。ついでに一緒にゲームをしている榎木さんも描きましたけど。完成したらコピーして渡しましょうか?

榎木     それじゃぁ、お願いしようかな。

犬飼     分かりました。近い内には渡せると思うので、楽しみにしておいて下さい。それじゃ。

榎木     おう。

犬飼     あ、それから。さっきの発言はオフレコってことで良いですよね、天川さん。

天川     え? あ、おう。そうしてくれ。

犬飼     それじゃ、失礼します。

 

 犬飼、上手へ捌けていく。

 

天川     ・・・。あんなの・・・、犬飼じゃない・・・。

榎木     いやー、オレも驚いたね。まさかあんなに人が変わるとはねぇ。恵雫ちゃんも。

天川     え? 俺ぇ!?

榎木     混乱している間ずっと女性口調になってたよ。君もちゃんと使えるんじゃないか。

天川     マジで・・・。あぁああぁぁあぁあぁあぁぁああぁあぁ・・・。

榎木     どうしたんだい?

天川     悪い、取り敢えずお前どっか行ってろ。

榎木     えーと、つまりそれは。1人にさせてくれってことで良いのかな。

天川     そういうことで良いよ。取り敢えず、色々落ち着きたいんだ。

榎木     分かったよ。それじゃぁ、部屋に戻るとするよ。酉ちゃんはここに居させて良いかな?

天川     別に良いからとっとと出てけ。

榎木     はいはい、了解しましたぁ、と。あぁ、そうそう。返事はまた後日ということで。暫く考えさせてくれよ。

天川     ・・・何のだ?

榎木     告白。

天川     っだー! 良いから出て行けぇ!

 

 榎木、天川に半ば押される形で上手へ捌ける。

 酉、部屋の隅へ移動する。

 天川、項垂れる。

 

 黒崎、下手から入ってくる。

 

黒崎     ただいまー。って何やってんですか、天川さん。

天川     ・・・別に勢い余って告白した自分に落ち込んでいるわけではない。

黒崎     分かり易い説明台詞、ありがとうございます。

天川     え? 俺何か言った?

黒崎     いえ、何も言ってませんよ。

天川     そうか、なら良いんだ。

黒崎     今日仕事行く前にお店に寄ったんですよ。雑貨屋。

天川     ・・・は!? え、ちょっと待て! 雑貨屋って何処の!?

黒崎     初めて行ったところなんですけど、天川さんってあそこで働いてたんですね。

天川     いや、違う、それはきっと何かの間違いだ!

黒崎     天川さんって、女性口調もできるんですね。あの雑貨屋の中では俺が聴いた限りずっとそうでしたよ。

天川     あー、違うんだぁ! それは違うんだぁー!

黒崎     何でそこまで否定するんですか。全然変なことではないですよ。

天川     お願いだ、忘れてくれ! それは俺じゃないんだ! 頼むから、な!

黒崎     ・・・何がそんなに嫌なんですか。

天川     ・・・だって、カッコ悪いじゃねーか・・・。俺が女の口調なんて。

黒崎     ・・・・・・は?

天川     男口調の方が俺らしいだろ? 女口調の俺なんてないんだ、うん。

黒崎     いや、それは多分自分が思い込んでるだけだと思いますけど。店で聴いた女性口調も全然変じゃなかったですし。

天川     そうか? ・・・でも、俺が許せない。俺自身こっちの方がしっくり来る。あれは仕事場だから止むを得ずあぁいう口調なんだよ。

黒崎     へぇ。でも、日常生活でも使って良いと思いますけどね。もしかしたら榎木さん、そっちの方が好みかも知れませんよ。

天川     なっ! ちょ! 何でそこで榎木の話が出てくるんだよ! あいつは関係ないだろぉ! そもそも、お前のバイト先はすぐそこのコンビニじゃねーか! 何で仕事前にこっちまで来てんだよ!

黒崎     今日は桜香の誕生日だから。何かプレゼントしようと思ったんですよ。

天川     ・・・あ。そうか。そう言えばそうだったな。で、何買ったんだよ。

黒崎     んー、天川さんには教えても良いですね。悩んだけど、写真立てにしました。

天川     ほぉ。無難なところだな。

黒崎     そう言わないで下さいよ。これでも色々考えて選んだんですから。

天川     分かってるって。それに飾れる思い出を作っていけよ。

黒崎     そうします。あ、ところで天川さん。例の件ですけど、訊いてくれました?

天川     あぁ、訊いたよ。『今年の8月の思い出』だったよな?

黒崎     そうです。

天川     ホントにそんなことで良かったのか、訊くことは? これで全部使い切りだぜ?

黒崎     良いんですよ。それに、今更良くないって言っても遅いじゃないですか。

天川     まぁ、確かにそうだけどな。ただ、俺には余り意味の有るものには思えないけどな・・・。

黒崎     意味が有るかないかは、天川さんが聴いてきた答えを聴けば分かります。

天川     なるほどね。俺はお前が何を意図しているかは分からないが、取り敢えず約束だからな。話すとするよ。

黒崎     桜香が帰ってくるまでは、まだ少し時間が在りますから、ここで話しましょう。

天川     あぁ、そうするか。

 

 2人、話をする位置に付く。

 暗転

 

 

 

[.

 明転

 Z.の数分後。

 居間。

 

 部屋には黒崎と天川と酉が居る。

 酉、部屋の隅に居る。

 

黒崎     なるほどね。そういうことか・・・。

天川     で、これで一体清水の何が分かるんだ?

黒崎     分かるのは桜香のことじゃありません。俺のことですよ。

天川     はぁ?

黒崎     前に少し話したことがあると思いますけど、俺がよく見る悪夢の話。あれが何なのか、見えてきたんです。

天川     悪夢は悪夢だろ? というか、夢のことが分かっても仕方ないじゃねーか。

黒崎     いえ、そうでもないですよ。あれを見ることには理由が在ったんです。

天川     理由? 何だそれ?

黒崎     いや、まだそこまでは分かってませんけど。ただ、桜香の話と俺の記憶には齟齬が在ります。

天川     あー、話がごっちゃになってよく分からねーなぁ。何でまた記憶の話になるんだよ。夢の話をしてたんだろ?

黒崎     そうです。桜香の話、つまり、桜香の記憶には俺の夢の話が出てきていない。

天川     ・・・お前は結構利口なやつだと思っていたけど、それはどうも間違いだったようだな。自分の見た夢が他人の記憶として出てくるわけねーだろーが。

黒崎     そうとも限りませんよ。それがもし、正夢だったとしたら? 確かに桜香を失うという記憶は俺の中にはありません。でも、少なくともあの時期にあの土手を一緒に散歩したことは在った筈です。俺はそれを記憶として覚えている。でも、天川さんから聴いた話では、桜香の話の中にその話は一切出てきませんでした。

天川     ただ忘れてるだけじゃねーか? 或いはお前の記憶違いか。

黒崎     確かにそうかも知れません。でも、俺の記憶違いという可能性は低いと思っています。となると、桜香が忘れていたか、敢えて言わなかったか。どちらにしても、そうさせるものが在ったということになります。桜香はあの土手で見る花火が好きだから、あの道を通ったこと自体を忘れることは普通難しい筈です。

天川     つまり、何か普通でないことが在った為に、意識的に忘れたか、口にすることを拒んだ、ということか。

黒崎     それから、更に気になることが在ります。先日夜の桜香の発言。俺の夢で桜香が言う言葉と全く同じ言葉を桜香は言いました。つまり、あの夢は何処から何処までが、というのは別として、正夢である可能性が高い。

天川     でも、現に清水は生きているけどな。

黒崎     だから、あれが最後まで本当のことだったとは限らないということです。

天川     その言い方だと、最後まで本当である可能性もあるように聞こえるけどな。

黒崎     俺は、そう言っているんです。実は、桜香についても気になることがあります。桜香は、身体が丈夫ではなく、病弱でした。少なくとも、8月までの桜香はそうでした。でも、今はそれを微塵も感じさせない。更に、桜香の話にも出てきていない。これは何か在りそうだと思ったんです。

天川     確かに、それは引っ掛かるな・・・。

 

 突然、拍手が聞こえ出す。

 鳴らしているのは、酉。

 

黒崎     何だ?

天川     こいつ、無表情で手を叩いてるぞ。

 

 榎木、手を叩きながら上手より現れる。

 

黒崎     榎木さん?

天川     榎木。

榎木     いやー、凄いね、君は。まさか自力でそこまで思い出せるとは思わなかったよ、隼敏君。いや、自力ではないようだね。それでも素晴らしいことに変わりはないよ。

黒崎     ・・・どういうことですか、榎木さん?

榎木     んー、何処から説明するべきかね。いや、これは説明しない方が良いのかな?

 

 榎木、ナイフを取り出す。

 

天川     榎木!

榎木     酉! そいつを押さえておけ!

 

 酉、天川を床に押さえ付け、ナイフを取り出し、構える。

 

天川     っく・・・!

黒崎     天川さん! 榎木さん、これはどういうことですか!

榎木     あぁ、大丈夫さ。今のところ君たちを傷付けるつもりはないんでね。ただ、暴れられると困るから、悪いけど、少しばかり乱暴をさせてもらったよ。

天川     榎木、てめぇ、何の真似だ!

榎木     あぁ、恵雫ちゃん、余り変なことはしない方が良いよ。酉はオレの言うことを何でも聴くようにプログラミングしているんだ。オレが一言命令すれば、酉は君を躊躇いなく刺すだろうね。つまり、恵雫ちゃんの命はオレの掌に在るというわけだ。

天川     ・・・くっそ!

榎木     以前の盗難事件の時も、物を盗むよう指示を出したのはオレだった。だが、どうもプログラムにミスが在ったようでね。目標物の発見及び認識に時間が掛かるわ、その後の行動処理にアクシデントが発生するわ、散々だった。本当は眼鏡も無傷で盗む筈だったし、金も財布ごと盗る筈だった。それがあの様だ。しかも、勝手に歩き回って何処に居るのかも分からない。プログラムの改善をするにも捕まえることができない状態だったよ。

黒崎     ・・・。

榎木     ま、しかし先日無事に捕獲してから改良を行ってね。オレの言うことを完璧にこなしてくれるようになったのさ。多少寡黙にはなってしまったけどね。

黒崎     ・・・榎木さんにとって、酉は何なんですか・・・。

榎木     そうだね・・・。可愛い娘みたいなものかな。

黒崎     嘘をつくな! あんたに愛情なんか感じられない!

榎木     愛の形にも色々あるのだよ、隼敏君。それより、隼敏君こそそんなことを言える義理ではないのではないかい? 君は無機物を愛する気持ちは理解できないのだろう。無機物に名前を付けて愛情を注ぐ気持ちが分からないと、そう言っていたよね。

黒崎     ・・・あぁ、理解できないよ。でも、―――

榎木     はい、今君は自分の存在を否定したよ。

黒崎     ・・・なんだって?

榎木     君は無機物を愛せないと言った。愛す者が理解できないと。そう言う君は、無機物を愛しているじゃないか。名前を呼んで自ら好きだと言ってるじゃないか。

黒崎     何言ってんだよ・・・。

榎木     あー、そう言えば言ってなかったかな。うん、そうだ。言い忘れていたね。君に耳寄りの情報だ。君が今愛している桜香ちゃんは、アンドロイドなんだよ。

黒崎     ・・・え?・・・

榎木     彼女はオレが造ったアンドロイドさ。謂わばオレのアンドロイド処女作だね。

黒崎     ・・・嘘だ・・・。

榎木     何だって? 聞こえないね。

黒崎     嘘だ!

榎木     ハハハ。嘘か。なるほど。でも、君ももう気付いている筈だよ。今までの彼女を振り返ってご覧? アンドロイドだと思えば、全て辻褄が合う筈だよ。

黒崎     ・・・違う、アンドロイドなんかじゃない・・・。

榎木     良いのかい? そんなに否定して。彼女が悲しむぞ。彼女の存在は、君の存在が在るからこそ成り立っているんだよ。桜香ちゃんが好きな隼敏君。これが彼女を存在させ得るものなんだ。君が彼女を拒めば、忽ち彼女はこの世界に存在できなくなる。

黒崎     ・・・違う。そんなことない・・・。

榎木     ハハハハハ! 今君は裏切られた気分で一杯だろう。ずっと人間だと思っていた彼女がアンドロイドだったということ。彼女が自分がアンドロイドだということを隠し続けていたこと。どうして教えてくれなかったんだ、と。そんなに自分は信用されていなかったのか、と。

黒崎     ・・・出鱈目言うな・・・。

榎木     出鱈目だと思うかい? 君はきっと彼女がアンドロイドであることを髣髴させる言葉を、彼女の口から聴いている筈だよ。彼女にはアンドロイドとしての自覚が有るからね。

黒崎     ・・・・・・嘘だよ。

榎木     そうだな・・・。この機会に君が知りたがっている過去を教えてあげよう。あの夢のこともね。

            結論から言えば、あの夢は現実だよ。だが、余りにショックが強かったが為に、脳がその事実の受付を拒否した。それにより、あのできごとは君の中では記憶としては保存されずに、夢という形で保存されたのさ。更に、アンドロイドの桜香ちゃんの存在がそれを助長させたこともあるな。

黒崎     ・・・以前あんたが俺の夢について言ってたことは?

榎木     全部出鱈目さ。君に夢が現実であることを知られるのはまずかったからね。オレが一番恐れていたことは、君が事件のことを思い出すことだった。何せ、あの事故を起こした車を運転していたのは、オレだったからね。

黒崎     あんたが・・・桜香を・・・。

榎木     あぁ、そうだ。事故を起こした後、オレは怖くなった。人を撥ねたこともそうだが、君が通報するかも知れないということも恐怖だった。顔を見られているかも知れない。当時からこのアパートで暮らしていて見知った仲だ。もし見られていたなら、一発でばれる。だが、運が良いことに、君はショックの所為かその場で気を失っていた。

            オレは急いで君らをこの部屋へと運んできた。そして、当時から研究していたアンドロイドの知識をフル動員させてアンドロイドを造った。それが、今の桜香ちゃんだ。彼女自身、オレに造られたということを理解している。オレが事故を起こしたことは彼女には言わせないことにした。その上で、君とこれまでの関係を続けるように仕向けた。勿論、君に事故のことを思い出させないように、それに関することは彼女には言わせないようにしておいたよ。

            結果は、思いの外上手く行ったよ。君が見る悪夢のことが気掛かりでもあったが、どうやらそれも大丈夫そうだ。

            そう思った矢先に、君は過去を思い出そうと努め始めた。面倒なことになりそうだとオレは思ったわけだ。だから酉の製造を急いだのさ。結果、何とか今日に間に合った。酉には盗聴器を付けている。こいつを君の傍に置いておけば、君の会話はオレに筒抜けと言うわけさ。

            以上が君の過去と、桜香ちゃんの実態だよ。どうだい? 最後に真実を知れてスッキリしただろう。

黒崎     ・・・。

榎木     もう喋る気力もないか。そうだろうね。じゃぁ、ここまで色々喋ってきて君にもばれてしまったわけだし、危険因子は消すとしますか。

 

 榎木、ナイフを構える。

 

天川     黒崎!!

 

 榎木、黒崎にナイフを突き出す。

 清水、横(下手)から飛び出す。

 清水、刺される。

 

黒崎     ・・・。桜香!!

天川     清水!!

清水     ・・・へへ、ジャストタイミング。

榎木     ・・・桜香ちゃん!?

 

 清水、自分に刺さったナイフを抜き取って構える。

 榎木に刺突を繰り出す。

 ナイフ、榎木に突き刺さる。

 

榎木     ぅがっ! あ、あ、・・・

 

 清水、ナイフを抜き取る。

 榎木、倒れ込む。

 桜香、倒れ込む。

 

黒崎     桜香!

榎木     ・・・桜香ちゃん・・・、どうして・・・。

清水     ・・・虫の知らせって、ホントに在るんだね・・・。何か胸騒ぎがしたから、急いで帰ってきたんだ。

黒崎     桜香! もう良い、喋るな!

清水     ごめんね? 今まで嘘付いてきちゃって・・・。榎木さんの言う通り、私はホントはアンドロイドなんだ・・・。

黒崎     分かった、分かったから。もう良いよ!

清水     ・・・これはね、私が望んだことなの・・・。

黒崎     え?

清水     生きてた頃の私がね、んーん、死ぬ前の私かな。その頃から、私は榎木さんがアンドロイドの研究してるの知ってたから・・・。もう私は助からないって分かって、だから、アンドロイドになることを望んだの。

黒崎     ・・・そんな・・・。

清水     だから、榎木さんを責めないで・・・。全部、私が望んだことだから・・・。責めるなら、私を責めて・・・。ごめんね、隼敏・・・。

黒崎     桜香・・・。

 

 ナイフ、清水の手から滑り落ちる。

 

黒崎     桜香・・・? 桜香! 桜香ああああああ!!

 

 暗転

 

 誰かが噴出す。

 笑い声になる。

 

 明転

 

 笑っているのは清水。

 

清水     あはははははは。あー、もうダメ。ガマンできない。あははははははは。

黒崎     え?

 

 榎木、立ち上がる。

 

榎木     おいおい、桜香ちゃん。せめて隼敏君が本気で泣くまで耐えてくれよ。

清水     無理ですよ、そんなの。だって、何かもう、おかしっくて。

黒崎     え? え? 何ですか、これ?

天川     おい、榎木、何かよく分からんがちゃんと説明しろ。それから、その前にこいつ(酉)を何とかしろ。

榎木     あぁ、ごめんごめん。酉ちゃん、もう良いよ。

         はい、パパ。

 

 酉、天川から離れ、榎木の許へ行く。

 

榎木     いやぁ、思った以上に上手くいってオレも吃驚してるよ。

         パパ、迫真の演技だったから。

黒崎     演技?

清水     実はこのナイフ、こうやって伸縮するの。

 

 清水、ナイフの柄の底と刃先を持って刃を押して縮めたり、戻して伸ばしたりする。

 

榎木     つまり、それで刺されても傷1つ付かないということだよ。

天川     はぁ!?

清水     そして、今までのは全部演技でした。名付けて、隼敏にドッキリビックリ大作戦!

黒崎     え、じゃぁ、桜香がアンドロイドって言うのも!?

榎木     いや・・・、残念ながら喋ったことは全部本当だよ。悪かったね、オレもずっと君を騙してきたんだ。

黒崎     じゃぁ、桜香を事故に遭わせた犯人っていうのは・・・

清水     待って。さっきも言ったけど、榎木さんを責めないで。別に私が榎木さんに造られたから言ってるわけじゃないけど、榎木さんに悪気はなかったんだよ。

黒崎     でも、桜香が死んだのは事実だろ。

清水     それは、そうかも知れないけど。私は榎木さんを憎んでない。だから、隼敏も榎木さんを悪く思わないで。それに、榎木さんは私の我侭に付き合ってくれただけなんだから。全部私が望んだことなの。

黒崎     ・・・まぁ、桜香がそう言うなら・・・。

天川     で、もしかして今回のこの企画も清水が望んだものなのか?

清水     あはは、まぁ、そうですね。

榎木     決行する日は決まってなかったけど、もう随分前から決めていたことさ。隼敏君がその事件に気付きそうな時にやろう、って。

天川     今日気付くとは分からなかっただろうに、何で清水はあんなに自然に入って来れたんだよ。

清水     仕事が終わったくらいに榎木さんから電話が来たんです。後は家まで急いで帰って、すぐそこでスタンバイしていた、ということです。

天川     手の込んだことを・・・。これで誰が得するんだ?

清・榎   隼敏(君)?

天川     何で疑問系なんだよ。・・・で、黒崎、どうなんだ?

黒崎     いや・・・、何て言うか・・・、複雑。

天川     だろうな。まぁ、何はともあれ、これで一件落着ってわけだ。めでたしめでたしってとこか?

榎木     いやー・・・、それがさ・・・。そうはいかないんだよね・・・。

天川     は? 何でだ?

清水     どうも、私の身体、そろそろ限界みたいなの。

黒・天   え?

黒崎     どういうことだよ。

榎木     実は、アンドロイドの桜香ちゃんを造るに当たって、そのボディが必要だったわけなんだけど、桜香ちゃん本人の身体を使うことにしたんだよね。まー、それでどうにか上手く行ったことは行ったんだけど。

清水     やっぱり、生身の身体だからか、色んなところが痛み出してて。既に少しまずいことになってるんだ。特に内側とか。

黒崎     え、それってつまり・・・。

榎木     そろそろアンドロイドとしての桜香ちゃんの寿命ってことだね。

黒崎     待って下さいよ! 何とか直す方法ってないんですか!?

榎木     ないこともない・・・けど、今の俺の実力ではどうにも不可能かな。残念だけど、桜香ちゃんとの別れは避けられないよ。

天川     おい、お前研究者だろ。もっと一生懸命やって助けようとしろよ!

榎木     やったんだよ! 今だって色々研究してるさ。でも、間に合いそうにないんだ・・・。

黒崎     あとどれくらいなんですか・・・?

榎木     正確なことはオレには分からない。桜香ちゃんなら分かるかも知れないけどね。

黒崎     ・・・桜香。

清水     ・・・持って、後1週間かな・・・。

黒崎     1週間・・・。

清水     ごめんね、隼敏。本当は隠しておきたかったんだ。んーん、ずっと一緒に居られると思いたかった・・・。でも、やっぱり無理みたいだね・・・。初めから分かってたことだったんだ・・・。

黒崎     ・・・1週間あれば、思い出作れるよな。

清水     え?

黒崎     これ、誕生日プレゼント。

 

 黒崎、清水にプレゼントを渡す。

 

黒崎     今日、桜香の誕生日だろ。

清水     ありがとう!

黒崎     開けてみて。

 

 清水、プレゼントを開ける。

 写真立てが出てくる。

 

黒崎     色々悩んだけど、それにした。今まで写真殆ど飾ったことなかったから。1週間あれば、それに飾る思い出もできるよな?

清水     ・・・うん!

天川     何だかんだで良い雰囲気になっちまってるぞ。

榎木     雨降って地固まる、かな。

天川     多分それは違う。

 

 犬飼、上手より登場。

 

犬飼     ばばばばーん! ここで犬飼司の、登場です!

天川     帰れ。

犬飼     おふん。入ってきた途端この仕打ち。さすが天川さんですね!

天川     ってか、お前元に戻ってんのかよ。

犬飼     え? 何のことですか?

天川     いや、何でもないわ。

犬飼     それよりも皆さん、見て下さいよ! 遂に絵が完成しましたよ!

天川     遂にって、結構早いな。どれ、見せてみろ。

 

 天川、犬飼のスケッチブックを取る。

 

犬飼     今回のは結構な自信作ですよ!

天川     ヘー、お前案外上手いんだな。って、あれ? 何かお前が描いてた時のここの風景と微妙に違うことないか?

清水     どうしたんですか? 犬飼さん、何か絵を描いたんですか?

犬飼     そうですよ、描いちゃいましたよ! お陰で自信作が出来上がりましたよ!

榎木     そう言えば、オレにコピーして渡してくれる約束だったね。取り敢えず、その前に見ておくとするかな。

 

 榎木、天川からスケッチブックを取る。

 

榎木     どれどれ。・・・ん? 司君、これおかしくないかい? 何処にもオレと酉ちゃんが描かれていないんだけど。というか、描かれている人物が代わっていると言った方が良いかな。

清水     えー、どんなのですか。私にも見せて下さいよ。

 

 清水、榎木からスケブを受け取る。

 

清水     わぁ。

犬飼     どうでしょう、凄いでしょう? さぁ、僕をどんどん褒めて下さい!

黒崎     じゃぁ、俺も拝見するか。

 

 黒崎、清水の横から覗き込む。

 

黒崎     これは凄いな・・・。え? あれ? これってもしかして・・・。

犬飼     気付きましたか? 気付いたでしょう。

清水     隼敏と私がゲームしてるところ!?

犬飼     そうです! 大正解! さすが僕の画力は凄いですね! 他人が見ても分かるんですから!

榎木     ちょっと待て。オレと酉がゲームしてるところは?

犬飼     え? 途中で変えてそれになったんですよ。だから残念ながら在りませんね。まぁ、今後に期待しておいて下さいよ。これは今描かなきゃならないものだったんですから。優先順位というものです。それに、この絵だってアンドロイドと人間でしょう?

犬以外  え!?

犬飼     あれ? 僕変なこと言いました?

榎木     何で君がそれを知ってるんだ?

犬飼     それって、どれですか?

榎木     桜香ちゃんがアンドロイドだってことだよ。

犬飼     え、だって、見れば分かるじゃないですか。8月のお盆前くらいからずっとそうだったでしょう? で、もうすぐ清水さんが危なそうだから、急いでこれを仕上げたんですよ。丁度清水さんの誕生日ですから、僕からのプレゼントです。

清水     ありがとうございます、犬飼さん!

榎木     ・・・思った以上に怖ろしい存在だ、司君は・・・。

天川     どうやらあいつは見くびってはならないようだ。

黒崎     そして、それに順応できる桜香も凄い・・・。

犬飼     何そこでコソコソ話してるんですか? ちょっと僕も混ぜて下さいよ。混ぜたくないって言っても混ざっちゃいますよ。それ!

 

 犬飼、3人の輪の中に飛び込む。

 

天川     「それ!」じゃねーよ!

黒崎     一遍還れ、猿に還れ!

榎木     君は実に面白い存在だよ。是非とも次の研究対象にしたいね。

 

 犬飼、3人にボコボコにされる。

 酉、便乗して4人目となる。

 

犬飼     あーっと、犬飼司大ピンチ! さぁ、この絶体絶命の状況、一体どうやって切り抜けるのでしょうかぁ!? 「清水さん、助けて下さい!」おーっと、助けを呼んだー!!

清水     頑張って下さい、犬飼さん。絵、ありがとうございました。

犬飼     あーっと、犬飼司! 清水さんに見捨てられたー!! そして体力もどうやらここまでのようだー!! どさぁ!

 

 犬飼、倒れる。

 

天川     よし、これで良いだろ。じゃ、俺は先に失礼するぜ。

 

 天川、上手へ捌けていく。

 

榎木     さて。オレらも部屋に戻るとするかね。あぁ、そうだ。2人ともオレの部屋に来てくれないかな。微力ではあるだろうけど、君たちの力にはなりたいからね。オレができる最大限の措置は取るよ。

黒・清   ありがとうございます。

榎木     それじゃぁ、行こうか。

 

 榎木・黒崎・清水、上手へと捌けていく。

 酉、それについていく。

 

 犬飼、起き上がる。

 

犬飼     ふっかーつ!! この僕がそう簡単にやられると思いましたか、皆さん!! って、あれ? あらー、皆さん部屋に戻ってしまいましたか。

 

 犬飼、溜息をつく。

 

犬飼     ま、これでめでたしめでたし、とまでは行かないまでも、一件落着、と言ったところですかね。

犬飼     さて。僕も部屋に戻るとしますか。

 

 犬飼、上手へ捌ける。

 

 暗転

 

 

 

\.

 明転(若干薄暗い)

 お盆の夕暮れ〜夜。

 川沿いの土手。

 

 黒崎が居る。

 

黒崎     今日が盆祭り・・・か。結局桜香との約束は果たせなかったわけか・・・。この祭りに一緒に来る約束・・・。

黒崎     ホントに桜香はあれから1週間だったな・・・。できればもっと長く居たかったけど・・・。もっと長く、何かじゃなくて、ずっと一緒に・・・かな。

 

 黒崎、座る。

 

黒崎     屋台廻って、色んなもの食べて、くじ引きして、金魚すくいして、射的して、色んなもの食べようね。・・・色んなもの食べるが2回でてきてるような。

黒崎     花火。これが一番の楽しみだな。川の向こう側から打ち上げられる花火。空に咲く大輪と、水面に散る光の花びら。綺麗だよね。・・・何か、桜香と居ると3倍楽しく過ごせそうだな。

黒崎     年に1度のお祭りだよ。楽しまないと損でしょ。・・・確かに、それはそうだな。

黒崎     ・・・楽しむ・・・か・・・。

 

 黒崎、溜息をつく。

 空を見上げる。

 

黒崎     あの夢は見なくなったけど・・・、それと一緒に何か他のものまで見えなくなった気分だ・・・。

 

 黒崎、ボーっとしている。

 

 上手から女性が現れる。

 帽子を目深に被っており、顔は見えない。

 

黒崎     ん・・・?

 

 黒崎、女性に気付く。

 

女性     久し振りだね。

黒崎     え?

女性     ただいま、隼敏。

黒崎     はる・・・か・・・?

 

 女性、帽子を取る。

 その女性は清水。

 

黒崎     ・・・桜香・・・。・・・おかえり。

 

 BGMFireFlowerabsorb)(勿論他の曲でも可)・CI

 イントロ歌詞部分を聴かせて、次の台詞へ。

 

清水     今日はお祭りだね。一緒に来ようって約束してたよね。

黒崎     あぁ、そうだったな。

清水     ほらほら、どうしたの? 元気ないよ? 久し振りに会えたんだから、もっと嬉しそうな顔しようよ。

黒崎     あぁ、ごめん。ちょっと驚いてただけだよ。

清水     そっか。よし、じゃぁ約束通り色んな屋台廻ろうね。それで、色んなもの食べて、くじ引きして、金魚すくいして、射的して、色んなもの食べようね!

黒崎     「色んなもの食べる」が2回出てるぞ。

清水     良いの! お祭りでしか食べられないようなもの在るんだから。

黒崎     なるほどね。桜香らしいな。

清水     でしょう!? でも、その前に花火! もうすぐ始まるよ! ほら、ここ並んで一緒に座って見よ!

黒崎     おいおい、慌てるなって。

 

 2人、並んで座る。

 間もなく暗くなる。

 ソラに大輪の花が咲き、2人のシルエットを映し出す。(BGMサビ入り同時)

 2人、寄り添っている。(口付けもアリ)